どうなる? これからの高齢者医療
「療養病床の抱える問題」

     COML医療フォーラム2007  2007年5月20日 大阪 発表要旨

ふくの若葉病院 院長 角家 暁

 療養病床の抱える問題について、一地方における療養病床の現状、平成18年度医療制度改革・診療報酬改訂(医療区分の導入)の問題点、療養病床削減がもたらすものについて考察した。


1.一地方における療養病床の現状

 「ふくの若葉病院」は富山県南砺市(旧福野町)に平成12年4月、介護保険施行と同時に、地域の要望を受けて新しく開設した「療養病床病院」である。図1は南砺市の概況で、人口は5万8千人、高齢化率が28%を超える高齢、過疎の地域である。医療施設として、公立病院3施設と療養病床病院2施設がある。ただし、「南砺市立福野病院」は平成19年4月より医師不足のため病棟を閉鎖している。

図1 南砺市の概況

 図2は「ふくの若葉病院」の概要である。開設後4年の平成16年3月に日本医療機能評価機構の認定を取得し(Ver.4)(療養病院としては富山県初の認定である)、看護、介護職員は基準以上の人員を配置、手厚いサービスを行っている。さらに言語聴覚士、歯科衛生士による口腔ケア、嚥下機能維持に万全の体制を整えている。また個室は基本として重症者、感染者に優先して使用するため室料差額はなく、食費などの個人負担額も最小金額にするよう努め、患者負担を極力少なくしている。

図2 ふくの若葉病院の概要

 図3は平成19年4月1日の入院患者の内容である。平均年齢は85.4歳、平均介護度は医療療養病棟3.8、介護療養病棟4.5で、入院患者の約90%は常時介護を必要とする寝たきり患者で、経管栄養患者は33名である。

図3 ふくの若葉病院における入院患者内容

 図4は平成18年度入院患者234名の基礎疾患である。高齢患者は複数疾患をもっており、疾患名は889、脳血管障害が最も多く37%を占めている。最近は癌末期患者が増加している。なお脳血管障害患者はすべて認知症がある。

図4 平成18年度入院患者の基礎疾患

 図5は「ふくの若葉病院が提供する基本サービスである。チーム医療、患者さん・ご家族との協働の医療の実践をモットーとしている。

図5 ふくの若葉病院の基本サービス

 図6は「一人一人の患者さんに応じた医療、看護、介護の提供」の内容、図7は患者さん、ご家族の出席のもとに行っているケア・カンファレンスの風景である。ケア・カンファレンスには医師、看護師、介護職員、管理栄養士、ケアマネージャー、病棟師長など関連部署の全職員が参加、治療、看護、介護、食事、感染・転倒・褥瘡発生リスクなどのすべての情報を共有し、患者さん・ご家族の同意を得て作成した統一したケアプランを基に、患者さんの治療、看護、介護を行っている。

図6 医療・看護・介護の提供

図7 ケアカンファレンス

 図8は「患者個々の行動パターンを把握したリスクマネージメント」である。全て電動低床ベッドで、各種センサーを使用し、転倒、転落で骨折、身体損傷が起きないようにしている。最も重要なのは、患者個々の行動パターンを把握して、リスクを予測、未然に防ぐことである。介助操作に伴う骨折への対処も重要である。介護への配慮が少ない。急性期病院から転院された患者さんは、寝たきり状態に置かれたため、関節拘縮が進み、運動制限状態にあることが多い。療養病院で維持期リハビリが認められていたときには、関節拘縮を改善することが出来たが、昨年の診療報酬改定でリハビリが急性期のみと期間限定となったため、高度の拘縮のため両下肢関節の開排制限が強く、排泄介助の際に、骨折する危険が高くなっている。このような患者さんには、二人介助を行い、危険を防いでいる。

図8 リスクマネージメント

 図9は院内感染防止対策、図10はその実際の一部である。各職員が携帯できる「感染マニュアル要項」を作成(図11)、感染委員会が「手洗い方法」、「おむつ交換」など基本手技、操作のビデオを作成、職員個々の手技、介助法の統一を徹底している。また、随時チェックを行っている。この結果、今冬猛威をふるった「ノロウイルス感染」は一例も発生しなかった。今年度は新たに、「下痢・嘔吐への対応」、「針刺し事故を防ぐ」ビデオを作成する予定である。

図9 院内感染防止対策

図10 院内感染防対策

図11感染マニュアル

 図12は褥瘡対策である。「褥瘡発生・防止マニュアル」に基づいて褥瘡の治療、防止にあたり、10種類のマットを褥瘡の状態に応じて使い分けている。

図12 褥瘡対策

 図13は摂食・嚥下機能の維持である。少しでも口から食べることによって、認知症が改善し、表情も豊かになり、ご家族との交流ができるようになる。このため出来る限り傾向摂取を維持し、胃瘻は作らないを基本方針としている。図14は摂取・嚥下機能を維持する方法である。医師、歯科医師、歯科衛生士、言語聴覚士、管理栄養士、看護師、介護職員が一体となって取り組むことが必須である。この方法によって、これまで10例の胃瘻を抜去、患者さんは経口摂取機能を取り戻し、車椅子自操、トイレでの排泄も可能とすることが出来た。

参照:平成18年第14回日本療養病床協会全国研究会発表
胃瘻から経口摂取能力回復へ

図13 摂食・嚥下機能の維持

図14 摂食・嚥下機能の維持方法

 療養病院の役割として私どもが最重要視しているのは教育機能である(図15)。後期高齢者には介護が必須であり、医療・看護・介護が一体となった患者サービスが求められている。この視点から見ると、急性期病院には医療と看護はあるが、介護がなく、福祉施設は介護、看護が主体で、医療はないと言ってよい。療養病院のみが、医療・看護・介護の三者が連携した患者サービスの実践と、教育を行うことが出来る。特に介護職は職種として歴史が極めて新しく、基本的な医学教育が殆ど成されていない。この介護職教育は療養病院の最も大切な役割である。図16は私どもが行っている教育機能の内容で、臨床研修医、高校の福祉学科の教育にも積極的に参画している。

図15 教育病院としての療養型病院

図16 教育機能

 図17は平成16年から18年の退院患者区分である。末期癌患者が増えるに従い、死亡退院患者が47%を占めるようになり、今年はさらに増加する傾向にある。このため終末期医療の内容の充実が求められている。図18は終末期医療の大綱である。人は、それぞれが安らかに、自分の望む形で死を迎えたいと願っている。この願いを十分に時間をかけて聞き、職員が一体となって、要望にそうことが重要である。看取りが近い場合、ご家族の同意を得て「終末期カンファレンス」を開催、ご家族の願いを確認し、職員全てがご家族と同じ想いで患者さんに接するように努めている(図19)

図17 退院患者区分(平成16〜18年)

図18 終末期医療

図19 終末期カンファレンス

 図20はこれまで2回行った終末期医療の満足度アンケートの結果である。ほぼ90%のご家族が満足されている。但し、アンケート回収率が60%前後である。死後1〜3年を経過してから調査を行ったことも一因と考えられるので、今年度から回収率を高めるため、亡くなられたご家族個々に死後90日以内にアンケートを送付し、満足度を聞くことにした。

参照:「終末期カンファレンスについて」アンケート報告
「終末期の対応について」アンケート報告

図20 当院に関する終末期アンケート


2.平成18年度医療制度改革・診療報酬改訂(医療区分の導入)の問題点

 社会保障費削減のために平成18年度から療養病床の削減政策が取られることになった。高齢者の医療にかかる費用が老人ホーム、老健などに比べて療養病床では高い。医療の必要度は低いが、家庭内に介護力がないために入院している患者さん(これを社会的入院と言う)が療養病床には多い。国の医療費を減らすために、療養病床を減らして、介護が必要な高齢者は在宅介護、または福祉施設に入ってもらう政策である。実際には、平成22年度末までに現在ある介護保険料療養病床13万床を全廃、医療保険病床25万床は15万床に削減する。後者を実行するために診療報酬が改訂された。その内容は、医療の必要度を「医療区分」で3段階に分け、医療の必要度が低い、「医療区分1」の患者診療報酬を実際にかかる費用の60%に設定した。この結果。医療区分1の患者さんを入院させると病院は自動的に赤字経営になる。このため、医療区分1に該当する患者さんは退院となり、また新たに受け入れることが出来なくなった(図21)。

図21 医療保険病床削減にむけた診療報酬改訂

 図22は日夜、医療病床で患者さんの治療にあたっていて見えてきた医療区分導入の問題点である。急性期病院は高齢者のため根治手術を希望しない患者さん、詳しい検査を望まない患者さんは入院させてもらえない。このような患者さんは自分の病状がいつ悪化するかの不安から、医師が常駐し、24時間対応で患者さんを見ている私どもの療養病院に入院を求めて来られる。しかし、このような患者さんの大多数は不採算の医療区分1に該当する。次に私どもは療養病床を終の棲家にせず、出来る限り在宅介護が可能になるように、また福祉施設へ患者さんが退院できるように積極的に取り組んでいるが、この努力に際する報酬が全くなく、その多くが不採算の医療区分1であるなど、在宅介護推進政策とも矛盾する問題点が多い。

図22 医療区分の問題点

3.療養病床削減政策がもたらすもの

 図23、24に療養病床削減政策の問題点を列挙した。いずれも現在関係者によって真剣に討議されている項目である。ここでは一般論はさけて、南砺地方の在宅医療体制を検証する(図25)

図23 療養病床削減政策の問題点その1

図24 療養病床削減政策の問題点その2

図25 療養病床削減政策の問題点その3

 図26は私どもの病院にどの地域からの患者さんが入院しているかをみた平成18年度地区別入院患者割合である。病院が位置する福野地区の患者さんが69%、残り28%も周辺地区で、合計97%の患者は自家用車で20分以内に来院できる範囲に住んでいる。療養型病院は急性期病院に比較して地域性が極めて高い。地域密着型である。

図26 平成18年度地区別入院患者割合

 図27は平成12年から18年度の退院患者455例の退院先区分である。死亡退院が最も多いが(161例、34.6%)、残りの約65%在宅復帰、福祉施設、病状悪化による急性期病院への紹介がそれぞれ1/3である。在宅復帰した患者さんは94例、20.2%である。

図27 ふくの若葉病院退院患者区分(平成12〜18年)

 図28は在宅への復帰を可能にした条件である。在宅復帰した94例に共通する条件は、1)排泄がほぼ自立か介助でできる、2)家庭内に介護力がある、3)往診を必要としない、の3条件である。胃瘻、導尿、喀痰吸引など、往診診療が必要な患者は在宅介護が出来ない。地域の医師不足が在宅復帰の阻害因子になっている。

参照:平成16年第12回日本療養病床協会全国研究会発表
療養型病院から在宅療養へ

図28 在宅への復帰への条件

 図29は南砺市の医師充足状況である。在宅診療に取り組んでいる南砺市民病院が医師3名で約30数名の患者さんの在宅診療を行っているが、南砺地域の需要を十分に満たすまでには至ってない。診療所も少なく、在宅療養支援診療所も一ヵ所のみである。この地域の人口は約6万人で、必要医師数は120名、従って62名の医師が不足している。図26で見たように高齢者の介護を要する医療は極めて地域性が高いので、医師不足が在宅医療を難しくしている現状が明らかである。

図29 富山県南砺市医師充足状況

 後期高齢者は老後に何を望んでいるのだろうか(図30)

図30 後期高齢者の望み

 図31は「ふくの若葉病院」の今後の方針である。

図31 ふくの若葉病院の方針

 図32は「ふくの若葉病院」の悩みである。後期高齢者の診療、介護にあったっている現場から見ると、社会保障費削減政策のもとで地域医療が急速に、確実に崩壊しつつあると実感させられる。

図32 ふくの若葉病院の悩み

 最後に当院の職員の思いを図33にまとめた。

図33 ふくの若葉病院の職員の思い