胃瘻から経口摂取能力回復へ

ー 8例の検討 ー

医療法人社団 良俊会 ふくの若葉病院
○ 長 井 越 子 ・ 林    一 美 ・ 松 嶋 美 雪

はじめに

 当院は平成12年4月開院、7年目になる。私達は開院以来、胃瘻患者が経口摂取能力を取り戻すよう積極的に取り組んできた。その内容と結果を検証したので報告する。

[当院の概要]

 当院の病床数は医療45、介護55の100床である。平成16年に日本医療機能評価機構の認定を受けた。入院患者の平均年齢は85.5歳。経管栄養者は胃瘻が31名、経鼻3名である。(平成18年8月4日現在)

T.研究方法

1.対象

昨年度までに胃瘻から脱却し、経口摂取が可能になった患者8名(男性3名、女性5名)。

2.検討項目

1)年齢、2)胃瘻造設の理由、3)嚥下造影(VF)所見、4)胃瘻造設から経口摂食訓練開始(以下訓練と略す)までの期間、5)訓練の手順(食形態など)、6)訓練開始から3食経口摂取までの期間、7)3食経口摂取から胃瘻チューブ抜去までの期間、8)意思疎通の有無、9)自力摂取の有無、である。

3.症例紹介

現在、訓練の最終段階にある症例を紹介する。

U.結果

1.対象(表1)

2.検討項目(表1)

1)平均年齢は87.8歳、90歳以上が3名、最高は96歳であった。

2)胃瘻造設の理由では誤嚥性肺炎が6名を占めた。

3)VF結果は藤島グレードの2が3名、3が1名、4が3名、5が1名であった。

表1 対象患者
年齢 主疾患 理由* VF
A氏 94 脳梗塞 A
B氏 85 脳梗塞 A
C氏 86 脳梗塞

B

D氏 86 脳出血 B
E氏 85 脳梗塞 A
F氏 92 認知症 A
G氏 96 廃用症候群 A
H氏 78 廃用症候群 A
*理由   A:誤嚥性肺炎
 B:嚥下障害

4)胃瘻造設から経口摂取訓練開始までの期間(図1)は最短2ヶ月、最長2年8ヶ月と大きな差があった。

図1 胃瘻造設から経口摂取訓練開始までの期間

5)の食形態については、通常は嚥下機能の回復状況に合わせて段階的な訓練食を使用するが、G氏の場合は、本人の希望で最初から主食をおにぎりとし、副菜のみ段階的に進めた。

6)訓練開始から3食経口摂取まで期間(図2)は半月から1年10ヶ月と、これも大きな差があった。

図2 訓練開始から3食経口摂取までの期間

7)3食経口摂取から胃瘻チューブ抜去までの期間(図3)は0〜12ヶ月とこれも大差がみられた。

図3 3食経口摂取から胃瘻チューブ抜去までの期間

8)意思疎通については、全員が介助者の声掛けや簡単な指示を理解できた。

9)食事動作については8名中7名が、3食経口摂取の段階で自力摂取できた。

V.考察

1)2)3)および8)9)の結果から、年齢に関係なく藤島グレードが2以上で意思疎通が可能であれば、経口摂取訓練を試みるのが良いと思われる。また経口摂取能力回復には嚥下機能だけでなく、摂食への意欲や食事動作機能も影響すると思われる。

経口摂取中止期間が長いと廃用症候群が進行し、胃瘻からの脱却が困難になるが、E氏・F氏の経験から2年前後であれば成功する可能性があると考える。

3食経口摂取から胃瘻チューブ抜去までの期間については、水分がスムーズに摂取できるかどうかの影響が大きいと考えられる。

W.症例紹介

現在、胃瘻チューブ抜去にむけての最終段階にきている症例を紹介する。

87歳女性、認知症の方である。平成16年10月に他の病院で胃瘻造設され約1年後に当院に入院された。入院時は、要介護度4、認知度W、生活自立度B2であった。VF所見はグレード2で間もなく訓練開始となった。

1.食事摂取状況および行動の変化

17年10月:アイスクリームなどのおやつを開始したが、ときどきムセがみられ、食べることに対する積極性はあまりみられなかった。言葉掛けに対して簡単な返答はあったが、笑顔はみられなかった。

18年1月:毎日、ソフティア茶とペースト食のおやつを自力摂取するようになり、交互嚥下を指導した。この頃、風船バレーが上手で、他のレクリエーションに積極的に参加され、入浴時自分で服を着ようとされるなどの変化が現れた。

3月:経口から1日1回、昼食に粥ゼリーとトロミつきミキサー菜をムセなく上手に食べられるようになった。病棟の廊下を車椅子で自操され、車椅子・ベッド移動が可能になった。また、入浴時には自分で体を洗われるようにもなった。

4月:経口摂取が1日2回に増え,粥ゼリーとソフト菜を通常の半分量食べられるようになった。会話や笑顔が増え、時々歌を歌われる姿が見うけられた。

8月からは経管栄養が中止となり、3食経口摂取となった。そして、尿意のない時ははっきりと断られるなど、意思表示されるようになっている。

写真1は7月に撮影した昼食場面である。粥ゼリーとソフト菜、ソフティア茶が出されスプーンで上手に全量摂取され「おいしかった」と云われた。

写真2は車椅子を自操されトイレに向かわれた時に撮影した。職員が声をかけることもあるが、自分から「トイレに行きたい」と云われることもある。その際はパットの汚染もなく、トイレで排尿できている。この方の場合は経口摂取能力の回復に比例して認知症の改善も顕著に認められた。

X.まとめ

当院において胃瘻チューブが抜去でき、完全に経口摂取に移行できた8例及び症例紹介した1例を通して分かったことは次のとおり。

1.胃瘻であっても経口摂取能力を取り戻すことができる。

2.90歳を超えても、また胃瘻での栄養摂取が2年に及んでも、経口摂取に成功するケースがある。

3.成功の条件としてVF所見で藤島グレードが2以上であり、ある程度の意思疎通ができること。訓練食を患者に合わせ柔軟に対応することがあげられる。

4.経口摂取能力の回復に伴い、患者の認知機能の改善がみられた。

当院では地域の医療機関に安易に胃瘻を造らないよう、また胃瘻造設後はできるだけ早期に紹介されるよう呼びかけている。

写真1 食事摂取

写真2 車椅子自操

参考文献

1)逢坂悟郎著:摂食・嚥下障害対応における標準化の試み、病院新時代、vol.23、p4〜6、三菱ウェルファーマー(株)、2006

2)藤島一郎、清水一男著:口から食べる嚥下Q&A、中央法規出版、2002