第18回日本療養病床全国研究会大阪大会

一般演題

終日ベッドで過ごされる患者へのアプローチ
癒しの音楽活動

医療法人社団 良俊会 ふくの若葉病院

介護職  ○横井勢世  松岡美栄子  北村美樹子
理学療法士  中川哲朗   看護職  米田雅代

はじめに

当院では、歌に関心を示す患者を対象にQOLの向上をねらいとして、3年前から集団音楽活動を実施しています。
一方、意思疎通困難な重度介護状態の患者は、終日ベッド上で過ごすことを余儀なくされていました。そこで、音楽プロジェクトのメンバーを中心に、2年前から音楽とタッチングによる個別的な関わり(以後、タッチング音楽活動と称します)を始めました。
「寝たきりで変化のない生活に、刺激と潤いを与えたい」という思いだけで始めた活動でしたが、関わりを繰り返すうちに、多くの患者に予測もしなかった変化を認めることができました。そこで今回、タッチング音楽活動の有効性を検証したので報告いたします。

研究目的

歌とタッチングを組み合わせた直接的なふれあいによる、癒し効果や緊張緩和の有効性を検証する。

研究方法

1.実施方法

覚醒レベルが低いため、まず大きな声で呼びかけて開始しました。難聴や視覚障害に備え、両サイドからの2人以上で実施しました。体位はリラックスできる仰臥位とし、歌いながら末梢から中枢に向けて、優しくマッサージを行いました。
緊張が解けて柔らかくなった時点で、状態を確認しながら、ゆっくり関節を動かしていきました。所要時間は10〜15分を目安としました。曲目は、季節の歌と家族からなじみの深い歌について情報をもらい参考にしました。

2.評価方法

1)関節可動性については、後でスライドに示しますが、各部位ごとに関わりの前後で20回程度測定し、測定結果は対応のあるt検定を用いて統計処理しました。

2)覚醒レベルは表情や緊張の変化を観察しました。感情の変化は発声、発語、泣く、笑う、喜ぶなどの変化を観察しそれらを個人観察表に記録しました。

3.対象患者

研究対象は意思疎通困難であるも、歌に関心を示した5人の患者とし、本人の了解が困難でしたので、書面で家族の承諾を得ました。5名全員が女性、年齢は89歳〜98歳と高齢でした。主病名は脳梗塞、病態は麻痺や拘縮があり胃瘻などの経管栄養で、要介護度は5、認知性高齢者の日常生活自立度はWでした。

4.実施・評価の担当

研究期間中の実施および評価は、音楽プロジェクトのメンバー9名が行いました。

関節の可動性は、スライドのように、拘縮が強くて手の平に食い込むような指は、手のひらから何センチ離れるようになったかを、手製の物差しを使って計り、股関節は巻き尺を用いて、広がりを測定しました。また、肩・肘・膝の関節は角度計を用いて測定し、タッチング音楽活動の前後で比較しました。

結 果1

関節可動性の測定結果

これはそれぞれの測定結果の平均値を関わりの前後で比較したグラフです。青のグラフが関わりの前、赤のグラフが実施後のデータで、測定部位ごとにまとめてあります。5名全員、全測定部位において、1%以下の危険率で有意差を認め、タッチング音楽活動を行うことによって関節の可動性が増大したことが示されました。

結 果2

その他の変化

その日によって、程度の差はありましたが、全員、表情が穏やかになり、歌っている職員をじっと見たり、リズムを取る等の変化を認めました。

事例紹介

最も変化がみられたA氏を紹介します。関わる時は、写真1のように常に両腕が胸にくっついた状態でしたが、開始すると(写真)2のように緊張が和らぐとともに、職員に合わせて一緒に歌を歌われることが多くなりました。終了時には(写真)3のように爪切りができるくらいに手の拘縮が緩和しました。この方は、入院時全く言葉を発することがなかったのですが、タッチング音楽活動を継続したことによって、職員や家族との日常会話が自然にできるようになり、現在胃瘻から経口摂取に向けての訓練も実施しております。

考 察

今回、5名の患者を対象に、タッチング音楽活動を多角的に観察・評価し、有効性を検証しました。指でリズムをとったり、手拍子を打つなどの変化が見られたのは、「脳の損傷が起こっても音楽能力は最後まで保持されている」からだと考えます。
また、昔歌った思い出の歌が効果的だったのは、「高齢になると短期記憶障害が起こりますが、遠い過去の記憶は残っており、音楽で『きっかけ』が与えられ、覚醒レベルが高まり眠っていた機能を呼び起こしたものと考えます。
そして、関節可動性の改善として、音楽の効果は精神的リラクゼーション、タッチングの効果は心地よい触覚刺激による緊張の低下を導き、これら2つの相乗効果によって改善につながったと考えます。

まとめ

タッチング音楽活動は、意思疎通困難な重度介護患者に対する癒しと緊張の緩和に効果がありました。
現在、当院では入浴・オムツ交換・爪切り・口腔ケアなどの際に、タッチング音楽活動の効果を活用して、リラックス状態を作り出しながら、援助を実施しています。今後は、更に幅広い活用を模索していきたいと思います。