ジャズ雑感    

         このぺージでは、日々、ジャズについて思っていることを、
        気楽な感じで書いてみようと思います。 でも、どうしても柄にもなく
        文章が硬くなりがちで、書いた後はいつも反省しています。

    書いている本人は、「お笑い」と「新しもの」好きな、おじさんです。 でも、へそ曲がりかも?

    また、長い文章は読むのも苦手ですが、書くのはもっと苦手です。

                 
 
 (’06)12月4日

 * FSNT作品の感想シリーズ (NO.9)
    「FSNTー171」
 『PANORAMIC』  STEVE CARDENAS(g)  2002年11月26.27日 NYC
   
 Featuring: Steve Cardenas (g), Tony Malaby (ts), Larry Grenadier (b), Kenny Wollesen (d)

 スティーヴ・カーディナスというこのギタリスト、すでにポール・モチアンのバンドでの作品や、
 近年のいくつかのFSNT作品で、そのプレイをすでに聴いた人がいるかもしれない。

 私には、それらの作品での彼のプレイはというと、2ギターの状況や、ことさら目立ちたくない
 性格(?)のせいなのか、あまり強く印象に残っていなかった。

 しかし、このFSNTからの二枚目のリーダー作を聴いて、そのネガティヴな印象は吹っ飛んだ。

 前作の『シバング』(’99年録音)に比べ、今作は、はるかにプレイが外向きで、聴きやすい
 のである。
 
 その原因としては、テンポの速い、曲調もラテン系の明るい曲が多いことが挙げられるが、
 まず彼のアドリブ・フレイズ自体が変化に富み、躍動感を増したことが、もっとも大きいだろう。

 前作のメンバーに、トニー・マラビーという強者テナー奏者が加わった今作は、ダーク、かつ、
 くぐもった音色でアグレッシヴなプレイを行う彼を味わう上でも、聴き逃せないものだ。

 とくに、カート・ローゼンウィンケルやアダム・ロジャーズらとも通じるNY最前線のジャズを
 味わいたい人に、この作品はお薦めである。   評価は
4つ星半としたい。

 ちなみに、全9曲の収録曲のうち、パーカーとモンクの2曲を除き、その他の7曲は彼の
 オリジナル曲となっている。
 
 おまけに。  この作品、 FSNT作品には珍しく(?)ジャケットのセンスもなかなかいい。

   11月17日

 * FSNT作品の感想シリーズ (NO.8)
   
「FSNT−112」
 『ADJUST』 GERALD CLEAVER(ds)  2000年10月9.10日 NY
   
 Featuring: Gerald Cleaver (d), Mat Maneri (v), Ben Monder (g), Craig Taborn (organ & keyboards),
 Reid Anderson (electric & acoustic bass), Andrew Bishop (cl, ss, ts)


 この作品のリーダーのドラマー、ジェラルド・クリーヴァー(1963年デトロイト生まれ)は、
 作品のライナー・ノーツで、この音楽は「変化」についてのものだと書いている。

 しかし、その「変化」は悪い方に出ているようだ。

 全体に、いかにも頭でっかちの、よくある暗く冷たいフリー系のサウンドが漂うばかりで、
 ジャズ音楽における躍動感に対する認識が決定的に欠けている。
 (もちろん、最近よく話題になる「美旋律」なるものも、聴くことはできない)

 本人はクラシック音楽も学び、作曲(全7曲ともすべて彼のオリジナル)に力を入れて、
 知的なドラマーであることを誇示したいようだが、そのもくろみは残念ながら失敗したと
 言わざるを得ない。

 他のメンバーも、「行きそうで行かない」様子眺めのプレイの連続で、欲求不満が残り、
 評価はやや厳しめの2つ星としたい。

 ちなみに、新しもの好きの一部のジャズ・ファンの間で、この作品は高評価だそうだが、
 私はとても同意できないね。 (心身の健康にも悪そうだし

 たまにはFSNTレーベルには、このようなものもあるということが分かっただけでも、
 よしとしよう。


   11月5日

 * FSNT(フレッシュ・サウンド・ニュー・タレント)レーベルのとりあえずの中間報告

 以前から気になる作品は、その都度買って聴いていたFSNTレーベル作品だが、最近
 集中してまとめて聴くうちに、だいたいのこのレーベルの特徴が見えてきた。
 
 そこで、今回はとりあえず中間報告の意味で、以下に、思いつくまま箇条書きで、
 この面白レーベルの特徴を述べてみたいと思う。

 ○ 1992年にスタートしたこのレーベルは、初期はスペインとアメリカの無名の若手
   ミュージシャンの音楽を紹介するという方針だったが、2000年頃からはニューヨークの
   ジャズ・シーンで活躍する新世代のミュージシャンを幅広く紹介する傾向が目立つように
   なっている。
   

 ○ 個々の作品のプロデュースは、主としてその作品のリーダーに任せ、レーベル・オーナーの
   ジョルディ・プジョル
(スペイン人?)はエグゼクティヴ・プロデューサーとして、
   レーベル運営全般に関わっている。

 ○ 作品の収録曲は、作品のリーダーのオリジナル曲を中心とし、スタンダード曲を収録する
   場合も、リズムやハーモニーなどに何らかの工夫を加えたものを収録し、どこかのジャズ・
   レーベルのような安易なスタンダード集はない。

 ○ リズム面では4ビート、ファンク、変拍子、ラテン他、雑食性が強く、いろいろなリズムに
   乗ったジャズを聴くことができる。

 ○ エレクトロニクス関係では、せいぜいエレピやエレベを使用するくらいで、シンセや
   打ち込みを多用したものはほとんどない。

 ○ いわゆるスタンダード曲を歌うジャズ・ボーカルものはないが、楽器の一員として、
   ボイスを使う作品は意外に多い。

 ○ 全体にダークな雰囲気の曲が多く、クラシック音楽(とくにフランス近代音楽)の影響を
   受けたミュージシャンを好む。 (バークレーの出身者も多い)

 ○ サックス奏者は、レニー・トリスターノ・スクール出身のミュージシャン(とくにウォーン・
   マーシュとりー・コニッツ)から影響を受けた人を好む。

 ○ 力任せのフリー系の音楽や、リズムを重要視しない冷たい現代音楽もどきのものは、
   ほとんどない。


 ○ ピアノ・トリオのものより、圧倒的に管入りの作品が多く、その際、曲のテーマはきちんと
   編曲されている。

 ○ スペイン出身のミュージシャンの優遇が目立つが、最近はカナダやヨーロッパ、そして
   日本など、いろいろな国出身のミュージシャンの起用が増えている。
  
 ○ ジャケットはレーベルとしての統一感があまりなく、千差万別である。

 ○ 音質面は、だいぶ向上してきたが今一歩の作品が多い。

 ○ 後に大物になるミュージシャンのデビュー作やサイド参加作がとても多い。
   (リーダーより、サイドのミュージシャンたちの方が有名な作品も多い)

 ○ ’90年代にこのレーベルで活躍した、ギター奏者ではカート・ローゼンウィンケル、
   テナー奏者ではマーク・ターナー、ピアノ奏者ではブラッド・メルドー、これら3人に
   影響を受けたミュージシャンを近年は作品に起用することが多い。
   (レーベル・オーナーの好み?)

 ○ 2000年以降は、クリス・チーク(ts)、シーマス・ブレイク(ts)、トニー・マラビー(ts)、
   ベン・モンダー(g)、アーロン・ゴールドバーグ(p、elp)等がいろいろな作品に頻繁に
   起用されている。

 今回はここまでということで。   いずれ、必要に応じて修正予定です。
      

   11月2日

 * FSNT作品の感想シリーズ (NO.7)
   
「FSNTー255」
 『CAN’T WAIT FOR PERFECT』 BOB REYNOLDS(ts) 
                                          
2005年1月3,4日 NY
 この作品は半年ほど以前に発売されたものですが、一応新譜として
「ニューリリースのCDの
 感想と
情報」のページにレビューを載せました。
 よければ、そちらのページを御覧いただけると幸いです。

   10月28日

 * FSNT作品の感想シリーズ (NO.6)
    「FSNTー267」
 『CIRCUMSTANCE』 DAVID SMITH(tp) QUINTET 2005年8月28日 NYC

 Featuring: David Smith (tp), Seamus Blake (s), Nate Radley (g),  David Ephross (b),
 Mark Ferber (d)


 この作品、  カナダ生まれで、2000年からNYにおいて、いろいろなビッグ・バンドや
 グループで活躍しているトランペッターの初リーダー作である。

 しかし、ジャケット写真は白黒のセンスのいいものだが、残念ながら内容が伴っていない。

 
はっきり言って、プレイが小さくまとまりすぎている。

 タンギングなど基本的な技術はまあまあまだが、アドリブ・フレイズがきっちり決まって欲しいと
 思ったところに決まらず、流れがちで、まず音そのものに迫力がない。

 ケニー・ドーハムやウディ・ショウなど、先輩トランペッターのプレイをよく研究しているし、
 普通のハード・バップ作品として聴けば、それほど悪い物ではないのだが、グッとくるものが
 今一歩なのである。

 取り柄といえば、「保険」としていた私の好きなシーマス・ブレイクが、相変わらず元気で面白い
 プレイを全7曲に渡って行っていることだろうか。
 

 作品全体の評価としては、
3つ星半といったところだろう。

   10月21日

 * FSNT作品の感想シリーズ (NO.5)
    「FSNTー177」
 『IMAGINARY LANDSCAPE』 ROB WILKERSON (ロブ・ウィルカーソン)(as)
 2002年12月13、14日 NY
 Featuring: Rob Wilkerson (as), Chris Cheek (ts), Jesse Chandler (org), Adam Thomas (b),
  Bill Campbell (d)


 出ました、5つ星作品。   ジャケットの絵はショボいが、中身は聴くもののイメージを広げる
 サウンドがギッシリ詰まった優れもの。

 '73年ニュー・メキシコ生まれのこの新鋭アルト奏者、初リーダー作ながら、すべてにわたって、
 とてもいい仕事をしている。

 C・パーカーの有名曲「コンファメーション」(→何と4分の5拍子に編曲)を除く、他の7曲の彼の
 オリジナルも粒揃いの出来だし、アドリブ内容も最近のアルト奏者の中でも断トツに高レヴェルだ。

 クラシックの奏法をしっかりマスターし、太く丸みのあるいい音色による知的かつアグレッシヴな
 彼のアドリブは、聴いていて爽快な気分にさせられる。 
 (バード、キャノンボール、オーネット、マーク・ターナー他、トリスターノ・スクールの
 サックス奏者の影響もある)

 また、色彩感豊かで繊細なバッキングをする驚くべきオルガニスト、ジェシ・チャンドラーをはじめ、
 ベース、ドラムス奏者共に躍動感みなぎるプレイを全曲で行っていることも特筆すべきだろう。

 もちろん、リーダーに負けじと張り切る好漢、クリス・チークのテナー・プレイ(5曲)も文句なし。

 音の方もこの頃のFSNT作品にしては迫力があり、この作品は久々に拾い物の作品だった。

 なお、ブックレットの解説の後半には、私好みのピアニスト、アーロン・ゴールドバーグの
 ウィルカーソンについてのコメントが載っている。

   10月16日

 * FSNT作品の感想シリーズ (NO.4)
    「FSNTー206」
 『INTRODUCING THE JAVIER VERCHER TRIO』 JAVIER VERCHER
 2003年11月 NYC
Featuring: Javier Vercher (ts), Chris Higgins (b), Brannen Temple (d).
Special Guest: Robert Glasper (p on #4 and 7), Rakalam Bob Moses (d on #2 and 8)


 ハヴィエル・ヴェルチャー、このスペイン、マドリッド生まれの若手テナー奏者は、テクニック的にも
 十分なものを持ち、何しろそのプレイに覇気がある。

 バークリーで、今やカリスマ的存在のジョージ・ガゾーン(ts)に学び、オーネット・コールマンと
 ジョン・コルトレーンの影響を強く感じさせるこのテナー奏者にとって、この作品は彼の
 初リーダー作である。

 サブ・トーンやフラジオ・トーンの使い方も巧みでいいのだが、惜しいことに、曲によって
 出来不出来の差がありすぎる。


 苦手のフリー系(といってもそれほど聴きづらくはないが)の3曲を除き、ハンコック・ライクな
 私の一押しピアニスト、ロバート・グラスパー参加の2曲や、その他の曲は、リズム的に面白く、
 アドリブにも聴くべきものがあるのだが・・・。

 というわけで、この作品は全体では3つ星半、フリー系の3曲を除けば4つ星の作品と
 評価したいと思う。



   10月11日

 * FSNT作品の感想シリーズ (NO.3)
    「FSNTー191」
 『LOS GUYS』 ALBERT SANZ(p)(スペイン生まれ)
 
2004年? NYライヴ
 Featuring:  Chris Cheek (sax), Larry Grenadier (b), Jeff Ballard (d)
 この作品はスペイン出身の若手ピアニスト、アルベルト・サンスの単独初リーダー作である。

 
’98年頃からスペインやニューヨークなどでプロ活動を始めたこのピアニスト、残念ながら
 ピアノ・テクニックは、それほど際立ってあるわけではない。

 哀愁を帯びたオリジナル曲(5曲の収録曲は、すべて彼のオリジナル)を、味わい深く弾く
 ところが長所だろうか。
 また、曲作りやアドリブの取り方には、ブラッド・メルドーの影響が強く感じられる。

 しかし、何と言っても、この作品は他のメンバーが凄い。

 今や皆、メジャーとなり、最近では、いろいろな作品で、その名を見ることができる強者たちだ。

 とくにクリス・チークの、マーク・ターナーや故・ウォーン・マーシュのプレイにも通じる、
 一見(一聴?)表面はソフト、しかし中に毒を含んだテナーやソプラノ・プレイは
 ライヴ録音ということもあり、いつものスタジオ作品より、力強さが違う。

 また、5曲目の後半(前半はクレジット通り11分20秒のミディアム・ファスト・テンポの
 曲だが、終わったと思った数秒後から、何とこっそり12分近くのファスト・テンポの曲
 聴ける)でのノリノリのプレイは特筆すべきもの。

 これがあるので、この作品の評価は、3つ星半から、星半分追加の4つ星としたい。

   10月3日

  * FSNT作品の感想シリーズ (NO.2)
    「FSNTー263」
 『MIKKEL PLOUG GROUP』 MIKKEL PLOUG(g)(デンマーク生まれ)
 2006年2月13、14日録音
 WITH・MARK TURNER(ts)、JEPPE SKOVBAKKE(オランダ生まれ)(b)、
 SEAN CARPIO(アイルランド生まれ)(ds)

 
この’78年生まれのミッケル・プロウグというギタリスト、デンマーク生まれながら、
 作品全体のサウンドはというと、マーク・ターナーの参加もあり、NY・コンテンポラリー・
 ジャズの「内省的で変拍子好き」という特徴をきっちりと備えている。

 初リーダー作として、全9曲とも彼のオリジナル曲で勝負してきた強者であるが、
 シングル・トーンによるソロとしてはカート・ローゼンウィンケル、コード・プレイとしては
 ビル・フリゼールの良い影響が感じられた。

 もちろん、この作品の目玉、マーク・ターナーの個性的なプレイは健在で、全曲において
 彼にしては珍しく(?)気合いの入ったソロが連続して楽しめる。

 ただベ−スとドラムスの二人のプレイは、ラテンなどいろいろなリズムをうまくプレイしている
 ものの、全体的には躍動感が今一歩で、作品全体の評価は3つ星半(ちょっと辛いね)
 だろうか。

 無闇に早弾きに頼らない、考え抜かれたセンスのいいソロも面白く聴けるとはいえ、
 次作では、もっとリズム・セクションの強化が必要だろう。

   9月28日

  * FSNT(フレッシュ・サウンド・ニュー・タレント)作品の感想シリーズ (NO.1)
    「FSNTー262」  
 
『Emotionally Available』 Eli Degibri(ts、ss)(「ジャズ批評」ではイーライ・ディジャイブリ
 と表記されていた)  2005年10月3日 NY録音                                  

 with ・アーロン・ゴールドバーグ(p)、ベン・ストリート(b)、ジェフ・バラード(ds)、
 ゼ・マウリシオ(perー9曲目のみ参加)

 H・ハンコックのバンド参加で、一部の好事家に知られたイスラエル出身のサックス奏者の
 FSNTからの二作目である。 (前作『イン・ザ・ビギニング』はK・ローゼンウィンケル(g)、
 A・ゴールドバーグも参加の隠れ面白盤だった)

 いい作曲センスを持ち、よく練られた新しいフレイズを駆使したプレイをしているのだが、少し
 プレイに技術的不安を感じさせるところもあり、5つ星作品とはいかなかった。

 ただ、贔屓のゴールドバーグの珍しくうなりを伴ったメリハリのよく効いたピアノ・プレイは
 相変わらず見事である。 
(4つ星)

   9月7日

  * 最近のNYジャズのお薦め

  まずは若手のサックス奏者 MARCUS STRIKLAND(マーカス・ストリックランド)(ts、ss)。

 リーダー作ではフレッシュ・サウンド・レコード(FSNT)からの前2作もよかったが、何と言っても
 最近彼の自主レーベルからリリースされた『TWIーLIFE』(2枚組)の出来がいい。
 (この作品については、相互リンクのnaryさんの素晴らしいレビューがあるので、ご参考に。)

 あいにく現在はディスク・ユニオンでしか入手できないようだが、アドリブの新鮮さと構成力には
 特筆すべきものがある。 
 サイドマン(ロイ・ヘインズやジェフ・ワッツとのものなど)としても、いいプレイをしているので、
 興味のある人はぜひ聴いてみて欲しい。

 (ちなみに私は、NYジャズというと、「ジャズ・スノッブ」がメディアでよく取り上げるノイズ系や
 フリー系、汚い音を多用した独りよがりの際物は好みではないので、念のため。)


 次にピアニスト方面に行ってみると。

 主にクリス・クロスやフレッシュ・サウンド(FSNT)レーベルでの活躍が目立つ以下の三名が
 挙げられる。
 いずれもリーダー作の他、いろいろなミュージシャンの作品でも、サイドマンとしてきっちりした
 仕事をいつも行っている。 (必殺仕事人?)

 ○ GEORGE COLLIGAN(ジョ−ジ・コリガン)

 ○ AARON GOLDBERG(アーロン・ゴールドバーグ)

 ○ ROBERT GLASPER(ロバート・グラスパー)

 三人とも、ピアノ・プレイだけでなくエレピの使い方もうまく、作曲能力も含め、高い音楽性を
 持っていることは私が保証する。 (言い切っちゃった)

 (ただ惜しむらくは、これまでリリースした作品はすべて平均点以上の作品なのだが、まだ、
 これだといった決定盤的作品がないことだろうか)

 また、ジャズ・ジャーナリズムやジャズ・ファンの間での認識が不足気味なのも残念だ。

 しかし、この先きっとメジャーな存在になるピアニストたちであることは確実だと思うので、
 ぜひ今後も注目して欲しいと思う。

 
ヨーロッパものに気を取られすぎると、ジャズのおいしい所を聴き逃しますよ。 (老婆心?)


   8月23日

  * 最近のお薦めジャズ本

 今回紹介するのは小川隆夫氏の「ジャズマンが愛する不朽のJAZZ名盤100」河出書房新社
 と言う新刊本である。

 100年近くのジャズの歴史を彩る100の名盤について、演奏した当のミュージシャンや
 同じ楽器を演奏するミュージシャンが、各作品に対するコメントを述べるという趣向の本である。

 小難しい言葉を操り、音楽の本質をよく理解していない多くの評論家たちのコメントと違い、
 ミュージシャンのコメントには興味深い面白いものがたくさんあった。

 小川氏のジャズ音楽に対するスタンスもバランスがとれていて、真っ当なジャズ・ファンには、
 とくにお薦めの本といえる。

 ちなみに、小川氏はマイルスやブルーノートものも含め、最近良い本をバンバン出している。

 インタビューでは、もう少し突っ込んでほしいきらいもあるが、ミュージシャンの生の意見を
 知ることが出来るのは、やはり貴重である。

   7月20日

  * ジャズの新しいバラード奏法を生み出したジョン・コルトレーン

 コルトレーンのバラード演奏といえば、インパルス・レーベルでの’61年、’62年録音の
 『バラード』が何と言っても有名だろう。

 しかし、コルトレーンは、すでに50年代の中頃より、プレスティッジ・レーベルや
 アトランティック・レーベルでのリーダー作とサイドマンとしてのもの、マイルスのバンドなどで、
 多くのバラード演奏を残している。

 それらにも、彼のバラード演奏の特徴のいくつかは現れている。
 しかし、ほとんどをバラード演奏に集中した『バラード』という作品で、彼のバラード奏法は
 完成を見たというのが私の考えである。


 それは具体的に言うと、ヴィブラートを控え気味に(これが、とくに私好み)、曲本来のメロディを
 大切にして、あまり崩さずストレートに歌うことであり、それまでの多くのミュージシャンが
 行っていた、途中で倍テンポにして、普通のスタンダードの曲のようには演奏しない
 ということである。


 テナーの高音域を多用した独特の音色や、あまり跳ねないレガート気味の流れるような
 歌い方も特徴的で、それらを使った演奏には、それまでのバラードの名手と言われていた
 ベン・ウェブスター、コールマン・ホーキンス、ソニー・ロリンズ等のバラード演奏とは
 明らかに異質の新しい感覚がある。 (好き嫌いは別として)

 このコルトレーンのバラード奏法の影響が、意識するしないにかかわらず、それ以降のジャズ・
 ミュージシャンに強く及んでいることは、その後のいろいろなミュージシャンのバラード演奏を
 聴くとはっきり分かる。
 (個人的にはウエイン・ショーターのブルーノート時代のバラード演奏を愛聴している)
 

 コルトレーンと言えば、シーツ・オヴ・サウンドや晩年のフリーク・トーンを使った激しい演奏が
 印象的だが、これからは、ぜひコルトレーンのバラード演奏に、もっと注目してほしい。
 (弱音プレイなど、とても難しいことを楽々と行っていることにも)

 制作の動機などで、プロデューサーのボブ・シールの思惑やマウスピースの不調など、
 いろいろなことが言われてきたが、この作品を、他の作品に比べ軽く見ることは、彼の
 バラード演奏に強く影響を受けた私(?)にとって、とてもできないのが本当のところ。
 
 これぞ、「バラードの教科書的名品」。

 できれば、音もよく、たくさんの別テイクも聴くことのできる2枚組CD『バラード(デラックス・
 エディション』の購入が、お薦めである。


   7月4日

  *  「ガリー」に首ったけ

 実は、これからお話しするテレオン・ガリー(TERREON GULLY)というドラマーのことを
 知ったのは、クリスチャン・マクブライド(CHRISTIAN MCBRIDE)(b、elb)の最近リリース
 された3枚組ライヴ『ライヴ・アット・トニック』(’05年1月録音)でのプレイだった。

 このライヴで聴くテレオン・ガリーのファンク・リズムのキレの良さとヘビーさに惚れ込んだ
 私は、その後、相互リンクのnaryさんのご協力もあり、よさそうな下記の彼の参加作品を
 聴くことができた。
 (彼の公式サイトによると、すでに20枚以上の参加作品がある)

 ’99年録音、ラッセル・ガン(RUSSELL GUNN)(tp)の『スモーキンガン』

 ’02年録音、クリスチャン・マクブライド(b、elb)の『ヴァーティカル・ヴィジョン』

         (ジョー・ザヴィヌル作「ブギ・ウギ・ワルツ」でのテレオンの暴れっぷりは必聴もの)

 ’03年録音、ステフォン・ハリス(STEFON HARRIS)(vib)の『エヴォリューション』

 ’04年録音、ジェフリー・キーザー(GEOFFREY KEEZER)(p、key)の『ワイルドクラフテッド』

 ’06年録音、ジョン・エリス(JOHN ELLIS)(ts、ss)の『バイ・ア・スレッド』

 これらを聴いて確信した。  これは凄いドラマーだと。

 ’98年頃より、いろいろなニューヨークのミュージシャン(ジャンルも様々)との共演を経て、
 彼のパワフルかつ高い音楽性を兼ね備えたドラミングは、どんどん成長してきている。

  一言で言うと、彼は「ジャズ界の荒馬ドラマー」だ。

 バンド全体のバランスを考えながらも、彼はいろいろなテクニックを使って、フロント陣や
 ピアニストを煽りに煽り、その一打一打は聴くものの胸を突き刺すような鋭さを持ち、
 体全体を否応なしに彼のグルーヴに引きずり込む。

 私自身、このようなドラマーが、今日のジャズ・シーンに登場してくるとは思ってもいなかった。

 しかも、彼はプレイにおける音の強弱の付け方もきわめてうまく、4ビートやラテン・リズムなども
 お手のもの。 バンド全体のバランスが崩れるスレスレのところで、常に高レヴェルのドラミングを
 行っている。

 未聴の方は、ぜひ上記のどの作品でもいいので、お聴きになることをお薦めしたい。

 私は現在、完全に彼の「追っかけ」になっている。

 今後も、彼の個性的で刺激的なスウィング感やグルーヴ感を求めて共演したがるミュージシャンは
 増える一方だろう。
 優れたミュージシャンになるには、優れたミュージシャンとの共演が一番の方法だということは、
 ミュージシャンの常識だから。

 できれば、私も若く現役のときに共演したかった。(?)

 冗談はこのへんにして、今後も彼の音楽活動には注目していきたい。
 


 6月16日

 今回は「ベスト5シリーズ」の続きとして、ドラマー篇でいってみたい。

 世間的評価より、極私的なものを重視したのだが。

 (故人及びベテラン)

 1 エルヴィン・ジョーンズ(聴くと、いつも自在に伸び縮みするリズムの波に飲み込まれて
                                    しまいそうになるドラムの巨人)

 2 
トニー・ウィリアムス(’60年代のジャズを、リズム面から大きく変革した天才)

 3 
フランク・バトラー(西海岸のドラマーでは、小気味良くスウィングするプレイが私好み、
                        カーティス・カウンス・グループでのプレイが印象的)

  フィリー・ジョー・ジョーンズ(今さら、そのプレイの素晴らしさを強調するまでもない
                                      「ちょいワル・ドラマー」)


 5 アート・テイラー(いつも、良い仕事をきっちりこなす、シンバル・レガートに命をかけた職人)


 (現役バリバリ)

  ジャック・ディジョネット(技の切れ、センスのよさ、そして発想の豊かさの点で、
                                 現在のドラマー界のリーダー的存在)


 2 ハーヴィー・メイソン(気持ちの良いクッションを感じさせる、万能型のテクニシャン)

 3 テレオン・ガリー(体にビンビンくるファンク・リズムを叩き出す、若き期待の名人。
                                         プレイに幅もある)

 4 デニス・チェンバース(とにかく、重く、いなたいプレイが最高)

 5 スティーヴ・ガッド(最近やや衰えも感じさせるが、「スタッフ」、「ステップス」その他、
               いろいろな作品での胸のすくようなドラミングは強く印象に残る)


   5月26日 

 ちょっと趣向を変えて、「ジャズ・フュージョン・ベスト5」シリーズを、個人的に開始してみたい。

 サイト作成者の趣味も分かり、面白いと思うのだが。

 今回は、エレクトリック・ベース奏者ということで。

 1 ジャコ・パストリアス(プレイ、作曲、すべてにおける天才、最近も続々と未発表音源が
                                             発掘されている)

 2 アンソニー・ジャクソン(もの凄い集中力で、バンドをグルーヴさせる職人)

 3 ゲイリー・ウィリス(「トライバル・テック」でのプレイが気持ちよく、音楽の幅も広い)

 4 ジミー・ハスリップ(左利きのテクニシャン、「イエロー・ジャケッツ」でのプレイは見事)

 5 マーカス・ミラー(最近の作品には、ややマンネリを感じるが、やはり外せない)

 番外:ジェフ・バーリンとアルフォンソ・ジョンソンマーク・イーガン(「エレメンツ」、
                                     もっと評価されてもいいのでは)

   5月16日

  * 「フュージョン」に愛を!

 主に’70年代、マイルズ・デイヴィス・スクールの卒業生はじめ、その他多くの先進的
 ミュージシャンが、R&B、ロック、ラテン、ファンク、ブラジルやアフリカなどの音楽の要素を
 ジャズに取り入れ、一世を風靡した、この「フュージョン」という音楽について語ってみたい。
 (「クロスオーヴァー」と呼ばれていたこともある。)

 はっきり言ってこの音楽、現在のジャズ・ジャーナリズムでは、一部の人を除き、
 ジャズとしての評価は、あまり高くないようだ。むしろ語るのも「タブー」のような存在
 なっていると感じることが多い。

 しかし、この時代の音楽を、同時代の音楽として実際に聴いて楽しんできた私自身は、
 「フュージョン」と呼ばれるこの音楽が、ジャズとしてそんなにレヴェルの低いものだったのか、
 「現在進行形のジャズ」を聴いている今でも疑問に思っている。
 
 たしかに初期のジャズ本来の魅力に溢れた高レヴェルのものから、商業主義の
 影響が感じられる、安易にヴォーカルを導入したり、編曲を重視しすぎたりした作品が
 徐々に多くなるなど、この音楽が質的に変化してきたことは否めない。

 また、いわゆる’80年代初期の「ウィントンの登場」以来、一部を除き、ジャズの
 メインストリームからは、だんだん外れていったことも事実で、マンネリ化も確かにあった。

 でも、ジャズ・ファンの要望もあるのだろうが、(そうでなければ商売上手のレコード会社が
 あんなにたくさんの作品をCDとして再発するわけがない)、近年続々とCD化されている、
 この時代の音楽(「フュージョン」)を新たな気持ちで聴くと、とても懐かしいだけでなく、
 意外にいいアドリブ・ソロや曲が、たくさんあったことが分かる。
 (ブレッカー・ブラザーズやジャコ・パストリアスの名曲は永遠に残るだろう)

 ちなみに、他に、思いつくままに、現在の耳で聴いても素晴らしいと思う音楽を作った
 個人やバンド名をあげると、
 「ウエザー・リポート」、「リターン・トゥ・フォーエヴァー」、「ヘッドハンターズ」、
 「マハヴィシュヌ・オーケストラ」、「スタッフ」、「ビリー・コブハム」、「クルセイダーズ」、
 「アール・クルー」、「ボブ・ジェイムス」、「アイルト・モレイラとフローラ・プリン」、
 「ロニー・リストン・スミス」、「ジェフ・ローバー・フュージョン」、「スパイロ・ジャイラ」、
 「エレメンツ」、「アル・ディメオラ」、[ジョージ・ベンソン」、「ラリー・カールトン」、
 
「リー・リトナー」、日本では日野さん、貞夫さん、香津美さん等が作り出した音楽があげられる。 
 (まだまだ抜けている人や、バンドがあると思うが。)

 近年は、T氏ら「ジャズ・純粋・耽美主義者」とでもいえる人たちの影響で、「ジャズの
 リズムは4ビートか、せいぜいボサノヴァ。エレピよりアコピ。エレベよりアコベ。
 パーカス奏者はお邪魔虫。ましてや、エフェクターで変化させた管楽器の音など、とんでもない」
 とでも言えそうな傾向が、とくに日本のジャズ界で強くなり過ぎているようだ。

 しまいには、ピアノ・トリオの作品ばかりが、山ほどリリースされ、ピアノ・トリオによるジャズが
 ジャズの本流のように錯覚してしまう人が、たくさん出てきそうな勢いだ。
 (もちろん良い作品も、あるにはある)
 (言わずもがなのことだと思うが、ジャズの本流は、管入りの「カルテット」や「クインテット」や
 「セクステット」ものなどの、コンボによる音楽だ)

 でも、ジャズという音楽は、本来もっと自由で、ちょいワルの要素も持つ、雑食性の強い
 音楽じゃないかと思うのだがどうだろう。 そのような音楽は、聴いていても楽しいし。

 しかし、ご安心を。   自然に体が動き出すような躍動感のある、色彩感豊かで楽しい
 ジャズを作り出そうとする先進的なミュージシャンたち、例えば、「クリス・ポッター、ウォレス・
 ルーニー、ジョシュア・レッドマン、ジョージ・コリガン、クリスチャン・マクブライド、ラッセル・ガン、

 ロン・ブレイク、ビリー・キルソン、ロニー・プラキシコ」たちの、近年になってリリースされた
 新しい作品を聴くと、「フュージョン」と呼ばれていた音楽が、現代的な感覚を加えられ、
 形を変えながらも、しぶとくジャズ音楽の推進力となっていることが分かる。

 今後、このような流れは、押し戻そうと思っても無理だろう。 (何しろ現代に生きる多くの
 ミュージシャンとオーディエンスの双方が、このような音楽を求めているのだから)

 とまあ、こんなことを書いている私は、しいていえば、「ジャズ・ちょいワル系・ノリ重視主義者」
 ということになるだろうか。

 最後に一言。  「フュージョン」は永久に不滅です。


   4月27日

  * 「良いアドリブ」演奏とは  

  
○ デクスター・ゴードン(ts)やソニー・ロリンズ(ts)のように、アドリブ・ソロ中に、
    いろいろな曲のメロディを「引用」するなど、ゆとりとユーモアを感じさせてくれるもの。

  ○ アドリブ・フレイズが豊富にあり、それらをうまく使用しているもの。

  ○ 構成力があり、プレイヤーの歌心がストレートに表現されているもの。

  ○ 水平方向(スケール)と垂直方向(コード)のフレイズのバランスが、
    うまくとれているもの。

  ○ 「クリシェ」や「ペット・フレイズ」に頼りすぎず、絶えず新しいフレイズをプレイしようと
     しているもの。

  ○ 楽器の特性(音色も含め)を最大限に生かしてプレイしているもの。

  ○ 「間」の効果的使用に努め、音数でごまかそうとしていないもの。

  ○ 一音一音に対する配慮が行き届いていて、いい加減なものでないもの。
    (とくに音の長さや「タンギング」(管楽器奏者)など)

  ○ 一緒に演奏している他のメンバーの出している音を良く聴き、それに瞬時に
     反応しながらプレイしているもの。


  ○ 曲のリズムやテンポの変化に上手に対応しているもの。 
    (リズムの種類により、ノリ方も違わせる必要がある)
 

  ○ コード進行や曲の構成をしっかり記憶しているのみならず、アドリブ・ソロ中、
    瞬時に別のコード(代理和音、経過和音、裏コードなど)を使ったりして、
    より面白いものにしているもの。

  ○ 「アウト・フレイズ」を、うまく「アドリブ・ソロ」にとり入れているもの。
    (これがないと、「現在進行形のジャズ」とは言えないくらい、現代のミュージシャンに
    とっては必要不可欠) (とくにコード進行が緩やかな曲や、「一発もの」の曲の場合、
    これがないと単調なアドリブになりやすい)
    

  ○ 「アウト」するためのいろいろな工夫をしているもの。

    (具体的には、様々な「パターン・フレイズ」、「コンビネーション・オヴ・ディミニッシュ・
    スケール」、「ホールトーン・スケール」、「クロマティック・スケール」の使用や、
    コードやスケールを途中で半音上げたり(ハービー・ハンコックがよくやっている)、
    中心音は同じにしてスケール(モード)の種類を変えたりするなど、その他
    たくさんの方法が考えられてきている) (これらの方法も、理論より感覚的なものが
    のような気がするね)

    (でも、「アウト」しっぱなしで、「イン」にうまく戻ってこれないと、カッコ悪いことに
    なるかも)

   4月17日


  * 前回の記事の補足

 前回の記事の補足だが、問題の多いレヴューといえば、なんといっても専門誌や
 ネット・ショップのものだろう。

 商売気をあからさまに出さなくても、レコード会社の圧力や、たくさん売って利益を
 上げようとする気持ちがどこかにあることを否定することができないのが本当のところ。

 どうしても作品の欠点に目をつむり、美点を強調しがちになるようだ。
 (また、多様性に惑わされたり、低レヴェルの作品に耳が慣れすぎたりして、ちょっと
 いいところがあると、何でも推薦したくなる傾向も否めないところ) (自戒を込めて)

 長年の苦い経験もあり、評者の考えや文章の裏を読み取る能力も、少しは付いてきたと
 思っているのだが、なかなかうまくいかないことも多い。

 その点、近年の個人のサイトやブログには、レヴェルはともかく本音のレヴューが多く,
 以前に比べ購入の失敗も少なくなっている。 良い時代になったものだ。
 

 でも、年齢や趣味、趣向も載せてあると、より記事の説得力も増すと思うのだが。

    4月14日

 {「良いアドリブ演奏」とは、という記事を書く予定だったが、気分を変えて(いかにもジャズ的?)、
 今回は同意される方は少ないかも知れないが、この記事を。}


  * ジャズの作品のレヴューで、私が読み飛ばすところ

 
それは収録曲の解説や説明の箇所である。

 いつの頃からか、LPやCDのライナー・ノーツを読むとき、曲の解説以前のところはしっかり
 読むのだが、曲の解説は実際に音を聴くのと同時に読むようになった。

 それにならい、今では、他の人のウエブやブログの作品レヴューにおいても、
紹介作品の
 録音年月日、メンバー名、
ミュージシャンの経歴やそのプレイの特徴、過去のリーダー作や
 サイドメンとして参加の作品の紹介、
作品に対する良いか悪いかという評価については、
 注意して読むのだが、曲の解説のところは、いろいろな美辞麗句で曲の雰囲気が分かるように
 書いてあっても、めったに読まなくなってしまった。

 とくに過度の文学的な表現に対してはアレルギーが強く、また、自分自身が「言葉で音楽を
 表すことのむなしさ」をいつも体験しているのも、読まなくなった理由かもしれない。

 
曲の感じなど実際に聴けば分かるし、せっかちな性格もあり、要は紹介された作品を聴くか
 聴かないかの判断を早くしたいからだと思う。

 私のサイトにおける作品のレヴューも、実は上記のような考えに基づいて書いているのだが、
 いかがなものだろう。


 収録曲の感じを、言葉でどのようにうまく表現しようか、いろいろ努力している方には
 申し訳ない気もするのだが・・・。

   4月7日

  * 「悪いアドリブ」演奏とは  (箇条書きで、思いつくままに)

  ○ 一本調子のもの。

  ○ 初め飛ばしすぎ、あと尻つぼみになるもの。

  ○ 先の展開が読めるような、スリルのあまり感じられないもの。

  ○ 他のメンバーの音をよく聴かない自分勝手なもの。

  ○ コード進行の変化に意識がとらわれすぎて機械的なものになり、ゆったりした歌心が
    あまり表現できていないもの。

  ○ 「コード感」がよく表現できていないもの。(コードの3度と7度の音の効果的な使用が重要)

  ○ 「スケール」や「モード」そのままを上下するだけの、それらに対する工夫があまり
     感じられないもの。

  ○ いい意味での「誤魔化し」ができず、慌てていることが、聴いている人に、
    もろ分かりのもの。
    (予期せぬ間違った音が出たとしても、それを利用して、より発展させることができるのが
    一流の技→マイルズ・デイヴィス(tp)がその好例)

  ○ 今どき少ないと思うが、「ブルーズ・スケール」や「ペンタトニック・スケール」だけで、
    ジャズの「アドリブ」演奏を乗り切ろうとする、大胆かつ向こう見ずな人のもの。

  ○ コード進行を忘れ、行方不明状態になってしまっているもの。 (アマチュアに多いが、
    実際に「アドリブ」をコピーしてみると、意外に、有名ジャズメンにも、時たまあることが
    わかり面白い)

  ○ 無意味で非音楽的な高音の連発や、「フリーク・トーン」、「循環奏法」などのこけおどし
    プレイに頼りすぎたもの。 (管楽器奏者に多い)
    (例外は、ローランド・カーク(ts他)や、アドリブ・フレイズに、うまく循環奏法を取り入れて
    プレイしているジョージ・コールマン(ts)など)

  ○ 「バラード」において、間が持てなくなり、つい「倍テン」に走ってしまうもの。 また、
    とくにピアノ奏者に多いが、「バラード」といえば、「アルペジオ・プレイ」という
    固定観念から抜け出せないもの。


  ○ 急速調の曲でもないのに、むやみに音数の多い、テクニック偏重のもの。 
    (10代のジャズメンがかかりやすい一種の病気?)

    
  ○ ライヴのセッションによくある、他の奏者に負けまいと、変に力んだ、力任せのもの。

  ○ 同じコードで同じフレイズをいつも当てはめて演奏してしまうなど、フレイズの種類が
    不足気味のもの。 (しかし、ジョン・コルトレーンの「ジャイアント・ステップス」のような
     特殊なコード進行と速いテンポの曲では、しかたがない面もある)


  ○ クリシェ(決まり文句)やペット・フレイズが頻繁に出てきて、マンネリを感じさせるもの。

  ○ 時間をたくさんかけないと満足できない人のもの。
    (サイドマンの立場でこれをやると、リーダーからひんしゅくを買うことが多い)

    (マイルズのバンドでのコルトレーンが、長くなる一方の自分のプレイを止めるためには
    どうしたらいいかとマイルズに聞いた時、マイルズが言った「口からマウスピースを
    離せばいい」という名言が残っている)

    一応ここまでとしたい。 また、改訂もあるかもしれないが・・・。

   3月29日

  * 「アドリブ」・ソロを聴くときの留意点 (もうこうなったら「ジャズの基本シリーズ」、
                               行けるところまで行ってみよう)

  ○ アドリブ・フレイズの多様さ

  ○ ビートやリズムに対するノリかた

  ○ ミュージシャンがプレイする楽器の音色(クラシックと違い、幅が広い)

  ○ 音量の変化やフレイズのアーティキュレイション(アクセントなど)に対する細かい配慮

  ○ 「間」の適切な使い方

  ○ 共演しているミュージシャンの出す音に対する瞬時の音楽的反応

  ○ 「テンション」と「リリース」、「イン」と「アウト」の使い分け

  ○ ソロ全体の構成力(盛り上げ方)

  ○ 楽器のテクニック(ミュージシャンである以上、ある程度は必要)とコントロールに優れ、
    それが歌心の表出に効果的に使われているか

  ○ 新しいものを求めようという気迫がプレイから感じられるか

  ○ 過去の様々なジャズメンの語法を研究し、それを踏まえた上でプレイしているか

     とりあえず、本日はここまで。

   3月22日

  * ジャズにおける「アドリブ」演奏とは?

 (最近、このページ、「ジャズの基本シリーズ」のようになっているが、ジャズ中級者
 以上の方も、少し我慢して読み進めていただけると、ありがたい)

 ジャズにおける「アドリブ」演奏とは、
「ミュージシャンが行う、ルールのある音楽ゲーム」

 これが、私の「アドリブ」演奏に対する基本的な認識である。 (例外も、もちろんあり)

 (「ゲーム」といっても、私が、今でも「アドリブ」・ソロの場面で、何のアイデアも浮かばず、
 立ちつくしているだけという怖い夢を時々見るくらい、楽しさだけでなく、厳しさも含んで
 いるが・・・。)

 
「アドリブ」演奏というと、ルールなしで、何か好きなようにミュージシャンが演奏するもの
 という考えを持つ方は、今や少なくなってきていると思う。

 そこで、結論。 (もう結論とは、ちょっと早すぎ?)

 
ジャズの「アドリブ」演奏とは、設定したテンポのリズム上で、曲のコード進行に基づき、
 その上で、コーラス単位(12小節や32小節など)で、ミュージシャンが自分の思い浮かぶ
 メロディを演奏することだといえる。
   (もちろん例外もある)→しつこいね

 その「アドリブ」の中身については、それを生み出す「ルール」というものを、ジャズの
 「理論」や「方法論」と置き換えて、これからは話を進めたい。

 100年近く続いているジャズの「アドリブ」を生み出すための「理論」や「方法論」自体、
 固定されたものでなく、個々の優れたミュージシャンや同年代のミュージシャンの共同作業
 (ビ・バップ革命におけるパーカーやガレスピーなど)により、様々なものが生み出されて
 きている。

 具体的には、3和音と少しの4和音のコードを中心にして生み出された「ディキシーランド・
 ジャズ」や「スイング・ジャズ」スタイルの「アドリブ」から、テンションや経過音や代理和音を
 多用する「ビ・バップ」スタイルを経て、その後のジャズの「アドリブ」における、いろいろな
 スケールやドリアンなどのモードの使用、コルトレーン・チェンジや非機能的和声、
 ペンタトニック・スケールの使用などが挙げられる。

 その他、「個性的なジャズ理論」を生み出したミュージシャンとして、レニー・トリスターノ(p)、
 ジョージ・ラッセル(arr)、マイルズ・デイヴィス(tp)、オーネット・コールマン(as他)、
 パット・マルティーノ(g→マイナー・コンヴァージョン理論)、スティーヴ・カーン(g)、
 スティーヴ・コールマン(as)等の名を挙げてもいいかもしれない。

 これらの「理論」や「方法論」は、すべて、ジャズ・ミュージシャンの、よりカッコいい「アドリブ」を
 演奏したいという欲望から生まれたもの。

 時に、「音」が先で「理論」が後、ということが起こるのもジャズの魅力なのである。

 そして、それらの主立ったもので、汎用性の強いものは、現在のところ「バークリー・メソッド」
 として、ジャズ界での基本的な理論となって、一応まとめられている。
 

 しかし、「現在進行形のジャズ」においては、それらを踏まえた上で、ミュージシャンそれぞれが
 自分に合う「理論」や「方法論」で「アドリブ」演奏をしているというのが実情であり、必ずしも
 すべてのミュージシャンが「バークリー・メソッド」だけにのっとって「アドリブ」演奏をしている
 わけではないということは留意しておいてもいいだろう。

 とはいえ、「アドリブ」演奏ということを、「理論」や「方法論」だけで分析、説明するだけでは、
 やはり物足りなさが残る。

 ミュージシャンのスピリット、インタープレイその他、それ以外の要素もいろいろ含めた上で
 考えるのが重要なことは言うまでもない。

 でも、昨今の、曲の雰囲気のよさや、メロディの印象だけでジャズを語ろうとする風潮には
 どうしても違和感を覚えてしまう。
 
(これは、おいしい「饅頭」の紹介で、皮の味だけを説明して中の餡の味にふれないようなもの)

 ジャズは「アドリブが命」。

 ぜひ、「アドリブ」の中身に、もっと注意を向けて欲しいと思う。

 そうすれば、よりジャズを体験することが楽しくなること、請け合いである。

   3月15日

  * ジャズマンは浮気性? (いろいろなリズムは、ジャズの元気の素)

 
ジャズ音楽におけるリズムの重要性は、以前からよく語られてきた。

 でも、「ジャズ」といったら、4ビートのものなのではないかという印象を持たれる方も
 いるかもしれない。


 ところが、必ずしもそうではないのだ。
 
 「ジャズ」という音楽はきわめて雑食性があり、この地球上に住むいろいろな人間が生み出す、
 あらゆるリズムを使い、アドリブ演奏をするための活力源としている音楽なのである。

 4ビート以外にも、2ビート、ワルツ、ラテン、アフロ、変拍子、カリプソ、ロック、8ビート、16ビート、
 ファンク、サンバ、ボサ・ノヴァ、レゲエ、インド音楽、日本の祭りの音楽、セカンド・ラインその他、
 ありとあらゆるリズムをジャズ・ミュージシャンは使ってきたし、「現在進行形のジャズ」においても、
 もはや4ビートの曲だけの作品は少なくなって、「ポリ・リズム」と「細分化」指向も、より強くなって
 きている。

 そして、ジャズマンという人種は、いいアドリブ・ソロをとったり、スウィング感やグルーヴ感を
 得るためには、どんなことでもするという性癖があるし、マンネリを嫌う。 また、そのような
 ミュージシャンでなければ成長もないだろう。


 ところが、ある作品のライナー・ノーツで、8ビートや16ビートのジャズ作品は、時間が経つと
 古く聞こえるが、4ビートのものはそうではなく永遠性がある、というようなことを書いている
 人がいた。

 つまり、4ビートのジャズが最高のものだといいたいのだろうが、そうだろうか。

 前に書いたように、100年近いジャズの歴史をふりかえっても、4ビート以外の優れた
 ジャズ作品はたくさん存在しているし、ジャズにおける4ビート自体、時を経るごとに、徐々に
 変化しているのである。

 50年代、60年代のみならず、現在進行形の世界中で生み出されるジャズを同時に聴いている
 者には、それがはっきり分かるはずだ。

 つまり、だんだん「跳ねない」ようになってきているのである。

 具体的にいうと、つながっている8分音符が、全体に、よりイーヴンの乗りで演奏されるように
 なってきているのだ。

 それは、70年代の中頃のスティーヴ・ガッド(ds)の演奏する4ビートのジャズ作品から
 はっきりしてきたのだが(当時、彼の4ビートはスウィングしていないという意見もあった)、
 その傾向は時間を経るに従い、ヨーロッパのミュージシャンのクラシックよりの乗りの影響もあり、
 徐々に強くなってきている。 もちろん、この傾向はドラマーだけでなく、他の楽器奏者全体に
 当てはまる。

 「ホットよりクール」、「集中より拡散」、「身体的より抽象的」、「地上感より浮遊感」,
 「重々しさより軽やかさ」、「外向的より内向的」、「こってり系よりあっさり系」
と、
 ジャズ・ミュージシャンの音楽に対するセンスの変化もあり、この傾向はこれからも進みそうだ。

 しかし、新旧の作品を共に楽しんで聴いている私にとって、この傾向がいいのか悪いのかは、
 はっきりといえないし、それぞれに良さがあるのも事実。

 ただ、4ビートでないものは本当のジャズではないという意見は、やはりおかしいと思う。

 多様なリズムの使用は、ミュージシャンのイマジネイションを広げる意味でも有用だし、
 聴く立場の人間にとっても、楽しみが増えるのだということを最後に指摘して、
 今回はこのへんで。

   3月6日


  * ジャズにおける「曲」「アドリブ演奏」の関係は?

 (「アドリブ」に似た言葉で「インプロヴィゼイション」という言葉があるが、気取った感じと
 
フリー系のニュアンスがあるので、ここでは「アドリブ」という言葉を使いたい)

 かつては「ジャズに名曲なし、名演あるのみ」といった極端な意見があったそうだ。

 しかし、その反動か、近年ジャズ初心者のためといって、ジャズにおける「アドリブ」の
 重要さをいわず、「曲」重視の聴き方を薦めるジャズ評論家も出てきた。 これはおかしい。

 たしかに、聴く者にとって、自分がよく耳に馴染んだスタンダードや、ジャズマン・オリジナル
 からジャズを楽しもうとする姿勢は間違いではない。

 しかし、それはあくまでも取っかかりであり、ジャズ音楽を深く味わうためのエッセンスは、
 
「ミュージシャン個人のアドリブ・ソロ」「ミュージシャン同士のインタープレイ」にある
 ことを忘れてはいけない。


 「たとえ」を使って説明しよう。

 「曲」(主にスタンダード)を「服」のようなものと考えると、ジャズの「アドリブ演奏」をするには、
 それをガンダムの「モビルスーツ」のようなものに「変化」させなければならないのである。

 その証拠に、楽譜(リード・シート)をそのまま演奏してもジャズにならないことは、多くの人が
 体験済みだろう。

 ジャズ音楽特有の要素スウィング感やグルーヴ感を生み出すリズム、ジャズ独特の和声
 メロディの歌い方など)を使って、「曲」を「モビルスーツ」のようなものに変化させ、
 それを使って、それまで出来なかったいろいろな戦闘(じゃなくてアドリブ演奏)を行うのが
 「ジャズ」なのである。 (変化の度合い「ジャズ度」と呼んでもいいかもしれない)

 これが100年近く続いているジャズの本質であり、大きな魅力だといってもいい。

 「曲」はあくまでも、ジャズ・ミュージシャンが未知の世界(自分なりの新鮮なフレイズや歌心を
 表現すること)に旅立つための「カタパルト」であり、決して、それが「アドリブ演奏」より
 重要ではないことが、お分かりいただけただろうか。

 もちろん、「服」にいろいろなものがあるように、「モビルスーツ」もそれぞれ性能が違い、
 ミュージシャンのイマジネイションを促すものと、そうではないものがあるのも事実。

 また、いろいろなミュージシャンによる同じ「曲」の聴き比べも、ジャズの楽しみの一つなのだが、
 それはまた別の話。 今回はこのへんで。
   

 追記 
    以上のことは、主にインストものに当てはまり、ボーカルものは別。

   2月27日

  * 『ジャズ構造改革 熱血トリオ座談会』という新刊本について

 
巷(ジャズ関係者やジャズ・ファン)では、(後藤雅洋、中山康樹、村井康司著 彩流社刊)の、
 この本について、いろいろ話題になっているようだ。

 彼ら三人の、過去の著作を読んだり、サイトの掲示板でのやりとりを見たりしていた私としては、
 この本には何ら過激と思える意見はなく、大体の意見は同意できるものだった。

 (もっとも、私のこのサイト全体を、すでに御覧になった方は、上のように書くだろうということは
 予想されていたことと思うが・・・。)

  結論として、この本、ある程度長くジャズを聴いてきて、現在のジャズを取り巻く状況に、
 違和感を覚えている方には興味深い話題が多いが、ジャズ初心者の方には不向きな本だと思う。

 (もちろん、寺島氏の近年の著作も、多くのジャズ・ファンにとっては有害だ。
 彼の薦める低レヴェルの作品のいくつかは、値段の高騰まで引き起こしている。 
 新しいジャズを紹介しようという意欲は買うが、なにしろ
彼のジャズに対する認識には、
 間違いが多すぎる)  (目覚めよ! 寺島チルドレンたち)
→なーんてね。

 
追記

  その後、しばらく時間が経って、N氏らが主張していた「ジャズはウィントンの登場の頃に
  終わっている」という意見はおかしいのでは、ということを書きたくなった。

  60年代後半から70年代にも、「ジャズは死んだ」などと、いろいろなところで騒ぐ
  迷惑千万な人間が出てきたのだが、当時から、ジャズ音楽の本質とは無縁の戯れ言だと
  私自身は思っていた。

  ジャズを演奏するミュージシャンがこの地球上に存在する限り、ジャズはなくならないし、
  死んだ、終わったなどと騒ぐのは、自分の好きなミュージシャンが亡くなった寂しさと、
  好みのスタイルのジャズが、だんだん演奏されなくなってきたという危機感の現れ
なのだろう。

   2月25日

  * 「サダオさん」について

 サダオさんとは、もちろん渡辺貞夫氏(as)のこと。

 (私の世代のアマチュア・ミュージシャンは、彼のことを「ナベサダ」ではなく、「サダオさん」と
 呼んでいた。)

 昨日、昨年12月に行われたチャーリー・マリアーノ(as)との共演ライヴを、NHK・BSで観て
 突然、彼のことを書きたくなった。
 
 実は、私は70年代の初め頃、彼にアルト・サックスの吹き方についての基本的なことを、
 何度か教えていただいたことがあるのである。 (まだ、私がアルト初心者の頃)

 場所は新宿の「旧ピット・イン」と、当時の渋谷にあったライヴ・スペース「じぁんじぁん」の楽屋。
 
 当時のカルテットには、最近惜しくも亡くなったピアノの本田さんも、サイドマンとして在籍
 していて、サダオさんがアフリカから帰り、アフリカ音楽の影響が彼の音楽に強くなっていた
 時期だった。
 
 当時、私は大学の軽音楽部に所属し、基本的なことが、しっかり身に付いたか再確認
 したかったので、彼に教えを請うたわけだが、初対面にもかかわらず、実際に私が吹いた音を
 聴いて、本当に親切に教えてもらった記憶がある。

 そして、彼の「ボーヤ」になる寸前までいったのだが、当時もう「ボーヤ」の席は埋まって
 いたため断念し、結局は大学での音楽活動に集中することにした。

 あれが私の人生の大きな分岐点の一つだったのだなと、今になって思っている。

 ライヴを観ると、82歳のチャーリー・マリアーノには、ややプレイに衰えが聴き取れるのに対し、
 73歳のサダオさんは、まだまだ元気。

 今後も後進の指導も含め、日本のジャズの発展に尽くしてほしいと願っている。


   2月13日

 「かぜ」による体力の消耗のため、しばらく更新がままならなかったにもかかわらず、
 熱心なジャズ・ファンの方方には、相変わらず訪問していただき、感謝と同時に、
 やや責任も感じるこの頃です。

 さて、最近は、お薦め作品もないし、疲れた中でも2冊のジャズ関連本を読んだので、
 今回は、その感想を。

 まずは、アシュリー・カーン著、川嶋文丸訳『ジョン・コルトレーン「至上の愛」の真実』
 音楽之友社刊 から。


 『「カインド・オブ・ブルー」の真実』に続く、アシュリー・カーンの新作である。(といっても
 2002年に原書は発刊済み)


 この本、ジョン・コルトレーンの名盤「至上の愛」の制作過程を中心に、その前後の事柄や、
 いろいろなミュージシャンの貴重な証言からなる、大部な本で、意外に最後までスッと
 読むことができ、参考になるところも多かった。
 (「至上の愛」は、音楽的観点から考えても、バランスのとれた素晴らしい作品といえる。
 (個人的には「クレッセント」の、ミュージシャン仲間の高評価に共感するところもあるが。)

 なお、この本と同時に、2002年発売の「至上の愛」(2枚組のデラックス・エディション)を
 聴くことができれば、より楽しみが増すと思うので、参考までに。 (音もいいし)

 次は、寺島靖国氏による新刊本『JAZZピアノ・トリオ名盤500』だいわ文庫 大和書房 だ。

 彼の本は、反面教師的興味もあり、いつも目を通してきたが、今回のピアノ・トリオに
 ついての新刊、読後感は、あまりいいものではなかった。

 彼の耳は、もはやジャズ・ファンとしてよりも、オーディオ・マニアに近いものとなり、
 ジャズのスウィング感やグルーヴ感、ミュージシャンの歌心、バンド内のインタープレイより、
 各楽器音の迫力再生の方に気を取られているようだ。
 (とくにベースとドラムズ音重視の非音楽的聴き方をしていることが問題)

 作品の選択やコメントも、短く、しかも面白いものにしようとするのは分かるのだが、
 曲重視、マイナーもの偏重の弊害が強く感じられ、一部を除き、この本に載った作品を
 聴いて、ジャズ本来の魅力を感じ取ることは、とても難しいと言わざるをえない。

 作品購入の際に、ちょっと参考にする程度ならいいが、あまり当てにしすぎると、
 後で、「ほぞをかむはめになる」本である。 (ジャズ初心者の方は、とくに要注意)

 最後に。  「ピアノ・トリオによるジャズは、ジャズの本流ではない」ということは、
         指摘しておきたい。


   1月18日 (付記の箇所を更新)

 * ジャズは難しいよ  (とくにジャズ初心者の方に)

  このサイト、一応ジャズ中級者以上の方をターゲットにしているのだが、最近は
  ジャズ初心者の方も見てくださっているようなので、ここらでひとつ。

 
 巷では、「ジャズは難しい音楽ではないよ」という意見を、雑誌やサイト、ブログで
  述べる方もいる。
 
  とんでもない。 ジャズを本当に分かり、楽しめるようになるのは、実はとても難しい
  ことなのである。

  簡単に分かってしまう音楽なら、私のような気の多い者が、こんなに、お金と時間を
  かけてまで、長きにわたって聴き続けるわけがないし、
現在でもまったく飽きずに、
  旧譜のみならず、たくさんの新譜を聴いているのが、その証拠。

  はっきり言って、ただ気分よく、雰囲気だけを味わうのなら、サルでもできる。(?)
  (このような聴き方をする人は、ジャズから離れる時期も早いようだ)
  
  しかし、ただ漫然と聴くだけでなく この音楽の本質を知り、本当の面白さを実感する
  ことは、そんなに簡単ではないが、できないことではない。

  まず、どんな楽器(ギター、ピアノ、リコーダーも可)でもいいから、流れている曲
  (どのジャンルのものでも可)の上で、初めはその曲のメロディ-を演奏し、それから
  自分が考える「アドリブ・ソロ」を取ってみてほしい。
  (リズムに興味がある人は一緒に何かを叩いて、一方的セッションをしてみるのも
  いいだろう)

  やがて、はじめはイケてると思っていても、だんだんマンネリ気味になり、プレイしている
  自分自身が面白く、かつ他人が聴いても感心するようなソロを取るには、
  音楽的なルール(ジャズ理論といってもいい)や、優れたミュージシャンのプレイを
  学ばなければならないことに気づくだろう。 (そうならなければ、残念だがジャズという
  音楽とは縁がなかったと思って、他のジャンルの音楽を、思う存分楽しんでほしい。)
  

  その上で、あらためて「ジャズ・ジャイアンツ」といわれる人たちの「名盤」や「代表作」と
  いった
ものをじっくりと聴いてほしい。
 
  どんなに凄いことを、彼らが瞬時に行っているかが分かるだろう。

  そうなると、しめたもの。 あとは自分好みのミュージシャンを見つけ、彼ら、彼女らの作品を
  どんどん聴き込んでいけばいい。(ジャズ喫茶に出かけたり、ライヴを見に行くのもいい方法)
  必要な知識など、ジャズ関係のいい本がたくさん出ているので、それらを読めば自然と
  頭に入る。

  実際にバンドを組んでプレイするもよし、CDやDVDで楽しむもよし。
  そして、これが重要なことだが、「長く、楽しくつきあい続けることができる」のが、
  この「ジャズ」というプレイヤー主体の音楽のいいところ。 (心身の健康にも最高のクスリ)

  ぜひ、この文を読んだジャズ初心者の方は、「ジャズ人間」としての第一歩を、すぐに
  踏み出してほしい。 あなたには「素晴らしい楽しみ」が待っている。

  そして、もうすでに「ジャズ人間」になってしまっている方は、お気の毒さま。

  きっと、これからも貧乏生活(または、金銭的に不自由な生活)が続くことでしょう。

 付記

   ここまで読んでも、どうしても「ジャズやるべ」と思った方(とくにスウィング・ガールズや
   ボーイズの方がた)には、最近のお薦めジャズ教則本として、ジム・スナイデロという
   現役バリバリのサックス奏者によるものをあげておきたい。 CD付きで、おいしい
   フレイズがたくさん学べる良書である。(楽器別のシリーズになっている)


   ジャズ中級者以上の方への推薦ジャズ理論書としては、MARK LEVINE
   (マーク・レヴィン)
という現役ジャズ・ピアニストによる『ザ・ジャズ・セオリー』ATN
   (エ・ティー・エヌ)刊(日本語版) という本がお薦め。

   ちょっと大部だが、前著の『ザ・ジャズ・ピアノ・ブック』(ギタリストにも有用)(この本の
   良さが世間で認知されてきたのか、エー・ティー・エヌからも近刊予定)に続く
   ジャズ理論書の好著である。
    

   また、より本気になってジャズ・アドリブ・ソロを取ってみたい方には、ジェリー・バーガンジー
   
(ts)の教則本シリーズが、実践的で取り組みがいがあり、お薦めできる。


   1月9日

 * 最近のジャズで、急速調のプレイがあまり聴かれなくなった訳について
   考えてみた

   ビ・バップ時代にあれほど盛んだった急速調のプレイ(尋常でないアップ・テンポ)が、
  その後だんだんCDやライヴで聴かれなくなってきたとは思わないだろうか。

  そこで、今回は思いついた順に、箇条書きにして、その理由を書いてみることにした。


 ○ 速さについて行くのに必死で、インタープレイはもちろん、アドリブ全体の構成や、
   盛り上げ方などに気がまわらず、ただの吹きっぱなし、弾きっぱなしになるプレイヤーが
   多いため。(もちろんこの私めも)(プレイ中、音が出せなくなったり、ミスると、とてもみじめ)

 ○ テンポの速い曲をプレイする場合、ブルージーな歌い方や細かいニュアンスの表現が
   あまりできないため。 (とくにハード・バップやファンキー・ジャズに当てはまるかも)
   (もちろん、めちゃ速い16ビートの曲なんて言語道断)

 
○ アドリブ・フレイズが手癖やクリシェに頼りがちになり、よほどたくさんのフレイズを
   ストックしていないと、同じことの繰り返しとなるから。 また、自分にとって新鮮な
   アドリブ・フレイズも生まれにくいため。

 ○ 楽器の特性によって、あまりに速いテンポでのアドリブが取りにくいから。 
   とくにギター、ベース(アクースティック)、トロンボーンなど。
   そのため、これらの楽器奏者がリーダーのバンドは、めったに急速調の曲を演奏しない。
   (もちろん少数の天才を除いて)
   
 ○ コード・チェンジの激しい曲を、速いテンポで、うまくコード感を出しながらメロディ化する
   能力が、チャーリー・パーカー(as)の時代に比べ、現代のミュージシャンは衰えたから(?)。

 ○
 速いテンポの曲でのアドリブ能力を比べ合うというセンスに、だんだんミュージシャンのみ
   ならず、聴く人たちも違和感を覚えるようになったから。


 ○ パーカーやクリフォード・ブラウン(tp)との共演で急速調の曲をよくプレイしていた、
   マックス・ローチのような、我慢強く、しかも疲れ知らずのドラマーが少なくなったから。
   (そして、誰もいなくなった?)
  

 ○ バンドのベ−シストが連続のランニング・プレイに飽きるか、指や腕が疲労で動かなくなり、
   他のメンバーに泣きを入れることが多くなったから。 (以後このバンドのレパートリーに
   急速調の曲はない。)


 ○ 昔のスタジオ録音の3、4分ならともかく、速い曲は長く演奏すると、プレイヤーに肉体的、
   精神的なダメージが多く残るため、体力と気力のない現代のミュージシャンは敬遠しがちに
   なったため。  (ジャズ音楽には、ある意味「スポーツ」的な側面があるけどね)


   とまあ、だんだん書いている本人の意識も、はっきりしなくなったので、今回はこのへんで。


   2005年 12月31日

  *  これが今年最後の記事になりそうだ。 来年もよろしく。

  
元「ジャズ批評」編集長、原田和典氏の『コルトレーンを聴け!』 ロコモーション
 パブリッシング発行 を、ようやく読み終えることが出来た。 途中、自分が所有しているものと
 していないものの検討で、ずいぶん時間がかかってしまった。
 (今では、ほとんどLPを聴かないのも、その理由)

  内容は中山康樹氏の他の「聴け!」シリーズものに比べ、ややユーモアが不足気味かな
 というところはあるが、録音順に、公式盤のみならず、最近増えているブートもいくつか
 チェックしてあり、コルトレーンの作り出した素晴らしい音楽を味わうためには必読の
 好著だと思う。
 
  近年は、ヨーロッパのピアノものが日本では異常に注目されて、ジャズ雑誌での扱いも
 大きくなっている。

  でも、かつては(70年代以後)暑苦しいと敬遠されがちだったように思われるコルトレーンの
 音楽には、ジャズの魅力がいっぱい詰まっているのである。

  ぜひ、聴く込んでみられることをお薦めしたい。(とくにファラオのいない’65年以前のものを)

  なお、著者の原田氏については、彼のエネルギッシュなジャズ生活の一端が
 現代情報工学研究会による『充実人間の時間とお金の「超」利用術』講談社+α文庫
 という新刊本の73ページから81ページで、かいま見られるので、参考までに。

   12月6日

  * 村上春樹氏の『意味がなければスイングはない』文藝春秋 について

  
小説家として有名な村上春樹氏は、若い頃からの音楽ファン(とくにウエスト・コースト・
 ジャズに詳しい)であり、小説以外にもこれまでジャズ関連の本をいくつか出している。

  この新刊は、彼が満を持して世に問う、好きないろんなジャンルの音楽家と、その
 音楽に関するエッセイ集(全10篇)である。

  ジャズに関するものは、
「シダー・ウォルトン・・・強靱な文体を持ったマイナー・ポエト」、
 
「スタン・ゲッツの闇の時代1953−54」、「ウィントン・マルサリスの音楽はなぜ(どのように)
 
退屈なのか?」の3篇があり、近年のジャズ関連本の中でも、内容の濃い、読んで同感する
 箇所の多い本だった。  (他の篇も面白い。)

  彼の文章も読みやすく、それぞれの音楽家の音楽に対する的確な分析にも感心した。

  とくにウィントンの退屈な音楽に対する批判は同意するところが多く、シダー・ウォルトンや
 スタン・ゲッツについても、このサイトの
「旧譜その他」のページの中の、彼らについての文を
 読んでお分かりになるように、私も以前から彼らの音楽に興味を持っていたので、とても楽しく
 読み進めることができた。
 
  

   12月1日

  * ピアノだけが、なぜもてる。

  長くジャズ・ミュージックを聴いてきて、最近ややピアノという楽器の音やサウンドに
 飽きがきている。

  とくにこの頃、世にはびこるヨーロッパ産の、極端に響きやメロディーを強調したピアノの
 作品を聴くと、うんざりすることが多い。

  はたしてピアノだけが、こんなにジャズ界で大きな顔をしていていいのだろうか。
 (たしかにジャズ理論を学んだり、作曲や編曲に必要不可欠であることは認めるし、
 とくに我が国はピアノ好きがたくさんいる特殊な国らしい。)

  クラシック音楽はもとより、100年近くの歴史のあるジャズ・ミュージックにおいても、
 今まで本当に多くのピアノ作品(ソロ、デュオ、トリオその他)の名作が生まれてきた。
  また、コンボでのリズム・セクションの一員としても重要な役割をはたしてきたのは
 いうまでもない。

  
  一時(60年代〜70年代)、ピアニストの何人かはエレキ・ピアノやシンセも併用して、
 自分のイメージする音楽を作り出そうとした時期もあったが、4ビートには馴染まず、
 フュージョン音楽のマンネリ化や、「ジャズにおける暗黒の80年代」(個人的見解)に
 世を惑わせたウィントンら新伝承派の影響もあり、ジャズといえばピアノという状態が
 長く続いた。
 (ジャズ・ピアノ奏者に影響力のあるキース・ジャレットやビル・エヴァンズらが、
 エレピなどを、よく言わなかったこともその原因かもしれない。)

  もちろん、今でもハービー・ハンコックやチック・コリア、ジョージ・デューク他、
 両方をうまく使いこなしているミュージシャンはいるが。

  でも近年になって、ようやくピアノだけでなく、エレピやシンセやオルガンも使って、
 自分のイメージする音宇宙を表現しようとするミュージシャンが増えてきた。
 (ジョージ・コリガン、マイク・ルドン、上原ひろみ、ケヴィン・ヘイズ、デヴィッド・キコスキーなど)

  4ビート以外のリズムには、ピアノだけでは、十分対応しきれないし、個人的にも、もっと
 いろんな色彩感のある新鮮なアドリブやサウンドを耳にしたいのが正直な気持ち。

  長くジャズを聴いていると、どうしても耳や感性が保守的になりがちだが、ピアノという
 近代になって完成をみた楽器も、そろそろ音楽表現に限界がきているように思う。

  と言いつつ、ピアノものを買っちゃうんだなあ、これが。

   11月18日

  * 中条省平氏の 『ただしいジャズ入門』 春風社 という新刊本について

  この本を読んだ後に感じた「嫌な感じ」は、いったいどう説明したらいいだろう。
  
  書き方に押しつけがましいところがあるからだろうか。(フランス文学を教える大学教授らしい)

  彼がレヴューした作品(2001年から2004年に発売されたもの)の選択センスが悪いから
 だろうか。 (はっきり言って、まともなジャズ・ファンなら手を出さない代物が多い)

  どちらにせよ、レヴューに値しないレヴェルの作品を、もったいつけて批評しているし、
 この著者のジャズ・ミュージックの理解度にも「?」を感じたのがその原因だろう。

  彼のレヴューを読んで、「この作品は聴いてみたい」という気に、ほとんどならなかった
 のである。

  ジャズ・関連本を読んで、このような気にならなかったのは、私にとって、とても珍しい
 ことだった。

  どうやら、著者はレヴューする作品をSJ誌等の編集部からあてがわれて書いていたようで、
 本心から書きたいと思って書いた感じがしないのである。

  クールに作品を分析、批評しようと心がけているようだが、やはり自腹を切って購入した
 作品ではないので文章に迫力がない。(意見は大いに違うが、まだ寺島氏の本のほうがまし)

  前半の「永遠にただしいジャズ50」の部分はよかったが・・・。

   10月27日

  * ミュージシャンに対する愛情と作品の評価は別

  あるミュージシャンが好きになったら、その作品のすべてを愛おしく思うことは分かるが、
 それと個々の作品の評価は違うのではないだろうか。

  例えば、よく話題になる日本で人気の高いアート・ペッパー(as)だ。

  以前「旧譜その他」のページで書いたように、大好きな彼だが、70年代の彼の作品を
 私は正直いってあまり高く評価していない。

  一応めぼしい作品を聴いた上で言っているのだが、やはり何度も聴くのは50年代の
 作品であり、レヴェルも高い。 (アドリブ、及びサイドマンも含め)

  また、ジョン・コルトレーンの1965年6月以降の録音作品にも「?」を付けざるを得ない。

  たしかに、あるミュージシャンのプレイが好きになったら、すべての音源(ブートも含め)を
 聴いてみたいと思うのは人情だ。
  私もマイルズやウエイン、パット・マルティーノ、スティーヴ・グロスマン、
 ビル・エヴァンズ(p)など、そのようなミュージシャンは何人もいる。

  ミュージシャンを深く理解するためにも、できるだけたくさんの音源を聴いた方が
 いいのは、もちろんである。

  しかし、この段階にとどまってジャズ作品としての評価をしっかりできないようでは、
 レヴューアー失格だし、このようなサイトを作る資格もない。

  やみくもに数を誇るためにマイナーな作品まで、これみよがしに紹介するようなことは
 したくないし、36年近くのジャズ体験(ささやかな実際の演奏体験も含め)からいっても
 特定のミュージシャンが作る作品がすべて高レヴェルで、推薦できるということは
 めったにないことも歴然たる事実である。

  私としては、自腹を切り購入して聴いた中で、できるだけ内容のいいものを、
 新譜、旧譜にかかわらず、このサイトを見ている方に推薦したいし、今後もこの方針は
 変えないつもりである。

  とまあ、ここまで書いて、何年か前まで、私もB、C級の作品まで、少しでもいいところが
 あればいいやと自分に言い聞かせて、買っていたことを思い出した。
 (研究資料と考えると、まったくの無駄ではないのだが)

  でも、むなしいだけ。 保管場所に困るようになるし、何といっても、 レヴェルの
 低い作品は何度も聴く気になれない。

  しまいには、所有していることすら嫌になってくるのだから、たまらない。

  結論としては、いいものは健康にもいいということ。

   10月4日

  * 女性ジャズ・ピアニストについての私見

  この頃、『スイングジャーナル』誌を読むと分かるように、女性ジャズ・ピアニスト
 (とくに日本人)が雨後の竹の子のごとくデビューし、その作品も意外に高く評価されている。

  そこで、こちらとしては、本来ことさら男女を意識して聴く必要のないジャズ音楽だが、
 女性ジャズ・ピアニスト全般に対する評価が、より厳しくなりがちになっている。
  (例外も、もちろんある)
  

  ジャズ・ファンの多くを占めるであろう男性は、私も含め、はっきり言って皆助平であり、
 とくに美人女性ピアニストに弱い。 
 (もっとも、そのことと、ヴィーナスレコードの例の
 ジャケット路線を好むかどうかは別問題)→(あんなジャケット、人様の前に出せないよ)

  そのため、何枚かの作品をジャケット写真につられ、(中には音楽そのものに対する興味に
  引かれてという人も存在する?)目新しさもあり購入する人も多いだろう。
 

  でも、それを何度も聴き返しているのだろうか? 

  バークリー音楽院で学び、ビル・エヴァンズやキース・ジャレットもどきの音楽を、トリオで
 演奏するピアニストがあまりに多く、ほとんど一時のブームが去れば、シーンから消えて行く
 人達ばかりに、私には思えてしかたがない。
 (要は、エヴァンズの方法論を踏まえた上で、いかにそこから飛び出せるかがポイント
 なのだが、叙情性のことさらな強調や、肩に力の入り過ぎる演奏が目立つ)

  といって、すべての女性ピアニストを、私は否定しているわけではない。

  ユタ・ヒップ、ロレイン・ゲラー、ジョアン・ブラッキーン、イリアーヌ・イリアスなど、その音楽が
 好きで、作品を集めているピアニストもいるし、最近では「上原ひろみ」を一押しピアニストとして
 あげたいとさえ思っている。 国府弘子さんも面白い。

  レコード会社の思惑もあり、この調子では今後もたくさんの女性ピアニストがデビューし、
 作品が出てくるだろう。

  しかし、購入に関しては、よく吟味してからという方針は変えることはないと思う。

  皆さんは?

   9月22日

  * ジャズのライヴは映像で

  どうも、いろいろなジャズ関係のサイトやブログを見ると、CDやLPのレヴューがほとんどで、
 映像もの(DVD、VHS、レーザー・ディスク)が少ないようだ。

  スタジオ録音は別にして、私は、ジャズのライヴは、少しぐらい音が悪くても映像付きで
 楽しみたいといつも思っている。

  情報量が、全然違うのである。

  マイルズ・デイヴィスのブートを例にあげると、同じ音源がDVDーRで映像付きで見ることが
 できようになると、私の場合、もうCDーRを聴くことはほとんどなくなる。

  他のミュージシャンのものでも、それは同じで、演奏姿やグループ内での音楽交流を実際に
 映像で見ることは、本当に楽しい。

  ただ、集中して見なくてはいけないので、一度見ると何度も見直すことがない傾向もあるが。

  それはともかく、ジャズ音楽を楽しむには、いろんなCDやLPの名盤を聴くのもいいが、
 (中山康樹氏の近刊、『ジャズの名盤入門』講談社現代新書 はお薦め)
 白黒のものから現在のマルチ・カメラを使ったカラーのものまで、映像の重要性を、もっと
 ジャズ・ファンは認識すべきではないかと思う。
 
 
 これからも、新譜DVDのいいものは、積極的に紹介していきたいと考えているので、
 ご期待を。
 

   8月24日

  * 私の一押しのジャズマン 「フォ〜」 by レイザー・ラモン HG
 
  最近、ややマイナス思考の記事が続いたので、ここらでプラス思考の記事を。

  とにかく、今ジャズ界は、世界的に旧人、中堅、新人、入り乱れて活況を呈している。
  (決して、マイナーながら、その音楽のパワーは衰えていない)

  調べると、CDやDVDも、新譜、旧譜(ブートも)が続々と発売されている。
  (購入者の年齢は、やや高いかも?) 

  その中で、今回は世間ではよく知られていないが、これから伸びていきそうな
 ジャズマンを、私が聴いた範囲から紹介したいと思う。

  まずホーン奏者としては、「JEREMY PELT(ジェレミー・ペルト)」(tp、flh)(公式サイト)、              

  IAN HENDRICKSON−SMITH(イアン・ヘンドリクソン・スミス」(as、fl)(参考サイト)、

  「PERIKO SAMBEAT(ペリコ・サンベアート)」(as、ss)(公式サイト)の名を挙げたい。
      
  いずれもリーダー作はそれほど多くない。 しかし、みんな音楽的な基礎がしっかりしていて、
 その作り出す音楽が躍動感に満ちている。

 ◎ ピアニストの一押しは、最近聴き込んでいた(とくにホーン入りの作品)
  「GEORGE COLLIGAN(ジョージ・コリガン)」(p、elp)(公式サイト)である。


  幅広い音楽性に裏打ちされたピアノ・プレイのみならず、作・編曲もユニークで、しかも作品に
 何度も聴き返せるコクがある。 

 ◎ ギタリストでは、「ニューリリースのCDの感想と情報」のページに以前レヴューを書いた
  カナダ生まれの新鋭「JAKE LANGLEY(ジェイク・ラングレイ)」(公式サイト)と、

  クリス・クロスからの新譜の出来が最高の「JONATHAN KREISBERG
 (ジョナサン・クライスバーグ)」(公式サイト)がいい。
 
  彼らのCDを聴いて、ジャズ・ギターの楽しさを体感して欲しい。

  名前をクリックすると、そのミュージシャンのサイトに行けるようにしたので、参考に。

   8月16日

  * こんなジャズマンは危ない!(続き・楽器別) 

  
しばらく、間が空いた。 今回は楽器別の具体例を。

  ○ 
ピアニストは、トリオ演奏が多くなり、管楽器やその他のプレイヤーとの共演に
    積極的に取り組まなくなる。

  ○ 
オルガン奏者は、ベース・ラインを自分で出さず、専門のベース奏者にまかせて
     しまうようになる。

   トランペット奏者トロンボーン奏者は、高音が以前より出なくなり、音が震えがちに
    
なる。

  
○ ギタリストは、エフェクターを使って音を伸ばそうとしたり、音色の変化に気をつかいすぎ、
     肝心のアドリブ内容の充実がおろそかになる。

  ○ ベーシスト(とくにアクースティック)は、生音を生かすより、アンプによる音の増幅に
    頼るようになる。 弦高を低くするようになる。

  ○ 
ドラム奏者は、設定された基本のビートからずれがちになり、おかずの入れ方が
    不安定になる。

  ○ サックス奏者は、何と言っても音色が汚くなって、手癖に頼るようになる。

   7月30日

  * こんなジャズマンは危ない!

  
どちらかというと、女性ピアニスト、ヨーロッパのジャズマン、10代や高齢のジャズマンに
 厳しい私であるが、今回は高齢化に伴いどんどん増えてきている
「ベテラン・ジャズマンの
 プレイの衰え」
について書いてみたい。

 (いろいろなジャズについてのサイトやブログも、最近、全体的に内容が停滞気味のよう
 なので、時にはこのような記事もいいのでは?)


  ○ 一音一音の音の長さが、ぶつ切り状態になり、十分音が伸びなくなる。
    (体力の衰えが、大きな理由。 ギターやベース奏者の場合は、とくに握力の衰え。)

  ○ 基本ビートから、意図せずに、アドリブ・フレイズがずれてしまう。
    (そのためスウィング感やグルーヴ感が出せなくなる)

  ○ むやみに音数が増え、間を生かしたプレイができなくなる。


   音がふらつき、音程も不安定(いわゆる、よれよれ)となる。
     (ピアノ奏者では、指がもつれミス・タッチが多くなる)

  ○ 
アドリブの構成やフレイズに、メリハリがなくなる。

  ○ 音色が汚れ、むやみに大きな音を出そうとする。

  ○ スタンダードばかり、しかも自分なりの編曲の工夫(リ・ハーモナイズや
    リズムの変化)もせずに演奏するようになり、レパートリーの固定化が進む。

  ○ プロデューサーの甘言に乗せられ、「売れ線」や「聴きやすいだけで、スリルのない
    ジャズの演奏」に邁進するようになる。

  ○ コンサート活動ばかりが主になり、ジャズ・クラブでの精進がおろそかになる。

  ○ やりやすい同じメンバーとばかり演奏するようになり、マンネリ化が進む。
    (プレイにハプニングがなくなる)

  ○ アドリブ・フレイズもクリシェが多くなり、新鮮さが薄れてくる。

  ○ 現状に居直り気味になり、若いミュージシャンのプレイをむやみに批判することが
    増える。

  ○ 副業が忙しくなる。

  ○ 現在の地位や音楽に満足してしまい、自分の音楽の向上、深化に努めなくなる。

  ○ 特定の評論家や取り巻きとつるみ、彼らの評価だけを信用してしまう。

  ○ クラシック音楽に色目を使うようになり、ストリングスやオーケストラとの共演を
    望むようになる。

  ○ 聴き手のことを考えない、一人よがりの「閉ざされた音楽」に固執するようになる。


  以上、思いつくままに書き出してみたが、これらの現象が出てくるようだと、
 今後のプレイや活動が心配になってくる。

  具体的な楽器別の例については、また今度。

    7月13日

  * 極私的ジャズ音楽の聴き方→(続き)

  皆さんはジャズを聴いている時、どんな様子なのだろう。

  私がジャズを聴く時は、ほとんどCDのプラ・ケースを叩いたりして、いわば、即席
 パーカッショニストと化していることが多い。

  もちろん、バラードやクラシックぽい曲の場合は別として。

  これが、体や心の健康にいいのである。

  曲を聴いている途中に眠くなることもないし、お気に入りのジャズマンとの共演気分も
 味わえる。 (残念ながらインター・プレイは無理)

  この聴き方には、ある程度のリスニング環境が必要となるが、ジャズ音楽の最大の
 特徴である、スウィング感やグルーヴ感を味わうには、この方法が一番だと思っている。

  付け加えると、バロック音楽も、私はこの方法で楽しんでいる。

   6月15日

  * CDやLPのレヴューで欠かせない情報とは?

  パーソネルや作品の内容についての感想とともに、私が重要だと思うのは、
 その作品の録音年月日の情報である。

  知らなかった作品のレヴューを読んで、これが分からないと本当に不安な気持ちに
 なってしまう。

  紹介された作品(特にジャズ音楽の)が、100年近くのジャズの歴史の中に、宙ぶらりん
 状態となり、その作品を聴こうかどうかの判断をするとき、非常に困るからである。

  ジャズのように、各ミュージシャンのプレイ・スタイルの変化や、体調による影響、
 共演するミュージシャンの関係(相性)などに、作品の出来が大きく左右される音楽の場合、
 いつ録音されたかを知ることは極めて重要なのである。

  特に、同じミュージシャンによる録音時期の違う作品の比較や、題名を変えただけの
 同内容のものを買わないためや、リマスターされた再発ものを購入する場合にも、
 この情報が必要不可欠となる。

  これらをよく理解して、ホームページやブログでのジャズ作品のレヴューには、ぜひ
 録音年月日(分かる範囲でいいので)を、記入しておいて欲しいと思う。
 
  
最後に。

  この録音年月日の記入の有無は、私にとって、ジャズ音楽についてのホームページや
 ブログ作成者の、この音楽に対する愛情や理解度を知るための、いい目安となっている。
 
     6月8日

   * マイルズ・デイヴィスの音楽について

  NHKのTV番組『迷宮美術館』を見ていて、突然マイルズの音楽のことが頭に浮かんだ。

  番組では、桃山時代の画家「長谷川等伯」(1539〜1610)の水墨画『松林図屏風』
 について、いろいろな話が飛び交い、結論としては、余白を生かす、大胆かつ限界まで
 極められた彼の表現方法が、
とても素晴らしいということだった。
  
  これは、そのままマイルズの音楽に一貫して流れる、彼の表現方法と同じである。

  つねづね、彼の音楽は、他の人の音楽に比べ何度聴き返しても飽きることがないのが、
 私には不思議だったが、アドリブ・フレーズを最後まで完結させず、スペースを極限まで
 生かす彼独特の表現方法にその理由があったことは、彼の自伝、インタビュー、その他の
 関連本で明らかになっている。 

  今でもマイルズについては、死後も、態度の大きさ、電気楽器の使用、ロックへの接近
 などについて、ジャズ評論家のT・Y氏やI・Y氏のように不満をとなえる人達もいる。
 (権威に対する反感は、分からないでもないが・・・)

  でも、すべての時期のものでなくても、彼の音楽そのものを、もっと集中して聴いて欲しい。
 きっと、他のミュージシャンと違う、深さと素晴らしさを感じるに違いない。

 
  同じことを繰り返すことを拒み、最後まで緊張感に満ちた音楽を作り出そうとしたマイルズ。
 やはり、ジャズ・グレイトの一人である。

  緊張感といえば、マイルズ本人のみならず、彼はサイドマンにも、無言のうちに、
 常にクリシェに頼らず、新鮮かつベストのプレイをすることを要求していたようだ。

  そのため、多くの彼のバンドのサイドマンたちの生涯におけるベスト・プレイが、
 彼との共演の時期に残されている。

  そのこともあり、ジャズ初心者には、マイルズの作品を聴くことからジャズ音楽全般を知る
 という方法は、大いにお薦めである。

  また、最近読んだ、神舘和典『偉大なるジャズメンとの対話』というインタヴュー集によると、
 いかに多くの現役バリバリのジャズメンが、マイルズの影響を受けているかがよく分かる。
 


  とまあ、ここまで書いて、音楽については、ビッグ・バンド嫌いの理由も、上記の記事で
 説明できるのだが、絵画については、それだけではないことを思い出した。

  例えば、同じ日本画家でいうと、江戸時代の「伊藤若冲(じゃくちゅう」(1716〜1800)
 のように、動植物を細部まで徹底的に描き込み、その本質を色彩鮮やかに表現している
 作品も大好きなのである。
 (スーパー・リアリズムの絵も)

  ぜひ、画集で彼の代表作『動植綵絵』を御覧になることを、お薦めしたい。

   5月12日

   * ジャズにおける芸術と娯楽の要素について
  
  このことについては、長らくジャズ誕生以来、いろいろな論議があった。

  私の意見は、「6.5対3.5」(この0.5が微妙)で、やや芸術優先といったところか。
  
  あまりにも大衆受けを露骨にねらった演奏は、聴いていて白けてくるし、かといって
 芸術家気取りで、演奏している自分たちが楽しむだけで、聴く人のことをまったく
 考えない演奏も、また困りもの。

  行進のための音楽からダンス音楽を経て、ビ・バップ革命の頃より、他の音楽との差別化
 という面もあり、ジャズ音楽においては、やや芸術の面が強調されてきたことは、
 近年でも雑誌「ジャズ批評」を読んでも分かるだろう。

  でも、「現代音楽」の現状をみても分かるように、演奏家や作曲家の自己満足に
 終わりがちな音楽は多くの人の支持を得られにくく、かといって生き残った昔の
 音楽さえ聴いていればいい、というわけにもいかないのが、現代の音楽愛好家
 (ジャズ・ファン)のつらいところ。


  現代人の感性に合う、芸術と娯楽の両方の要素がうまくバランスされたジャズ音楽を
 求め、今もいろいろ捜しているのだが・・・。

   5月7日

  * 音楽における過度の相対主義に対して

  書こう書こうと思いながら、なかなか取りかかれなかったが、ここらで少し。

  実は、戦後特に盛んになった、、文化における相対主義とでもいった、なんでも
 いいところを見つけ評価しようという考えが、最近、ジャズ音楽においても
 やや過度になりすぎているように思うのだが、どうだろう。

  おのおのの作品のいいところを、個人の感性で楽しむことができれば、それで
 いいじゃないか、という声も聞こえてきそうだ。

  しかし、作品に善し悪し(乗れるもの乗れないものと言い換えてもいい)があるのは、
 歴然たる事実なのである。 
(どの作品も、価格はそれほど変わらないけれど。)
  (ジャズ音楽は、ミュージシャンの肉体性に強く依存していることもあり、
  体調の影響を受けやすい。 波がないのが一流。)

  江戸時代に盛んになった「番付文化」をあげるまでもなく、レヴェルの違いを認め、
 その違いを認識しながら楽しむということが、もっとあってもいいのではないかと
 最近よく思う。

  そのための「ナビゲーター」でもあるのだが。

 付記  江戸時代の番付文化については、石川英輔氏の『大江戸番付事情』 
     (講談社文庫) という本に、いろんな分野における番付表が載っていて、
     江戸庶民の遊び心の豊かさに、感心させられること間違いなし。

   5月3日

  * ジョー・ヘン・ファン限定情報! ーデジタル技術の進歩は侮れないー

  SJ誌5月号の輸入盤情報のページに、故・ジョー・ヘンダーソン(ts)の
 1970年の名作「ジョー・ヘンダーソン・クインテット・アット・ザ・ライトハウス」
 Milestone のCD(トータル・タイム約76分)が、発掘音源を含めて発売されたことが
 載っていた。

  3曲の発掘音源(計約23分)は,すでに1995年に発売された「ザ・マイルストーン・
 イヤーズ」8枚組BOXセット(リマスター・by・ジョー・タランティーノ)に、
 すべて収録されていたもの。 (ちなみに、その3曲は「リコーダーミー」、「ア・シェイド・
 オヴ・ジェイド」、「アイソトープ」

  BOXセットは持っていたものの、念のため音が良くなっているかもしれないと思い、
 さっそく再発されたCDを注文して聴いてみた。

  聴き比べると、新しく2004年にリマスター(by・カーク・フェルトン)されたものの方が
 明らかに音が良くなっている。
 10年の間のデジタル技術の進歩によるリマスターの違いは、本当に恐ろしいくらいだ。
 各楽器の音の分離が向上し、全体の迫力も増し、音が前に出てくるのである。

  愛聴盤は、できるだけいい音のもので聴きたい私のようなものにとって、これは
 由々しき事態である。
 今後、かつて愛聴していたCDの再発ものを、見逃せなくなってきたからである。

  まあ、お金も、一生のうちで音楽を聴く時間も、限られているため、手当たり次第と
 いうわけにはいかないが・・・。

  このような情報の重要性が、今後増すことは間違いないだろう。

  私としても、たとえマニア向けすぎると思われようと、このようなリマスター情報を、
 できるだけ発信していきたいと思う。

  肝心の、このCDの内容について書くのが遅れた。

  このCD、ジョー・ヘンの代表的オリジナル曲を網羅し、サイドマンもウディ・ショウ(tp)、
 ジョージ・ケイブルス(elp)、ロン・マクルーア(b、elb))、レニー・ホワイト(ds)など
 手練れを揃えた乗りのいいライヴ作品で、ジョー・ヘンの素晴らしさを堪能できる
 名盤である。

   4月20日

  * このサイト作成にあたって、私が心がけていること

  ○ 100年近くのジャズ音楽の歴史や、ミュージシャン個人の音楽的変遷を
    できるだけ踏まえて、作品のレヴューを書くようにする。

    
 (このことを意識し出してから、よけいにジャズを聴くことが楽しくなった)
     (ジャズの奥深さも再認識)


  ○ 見やすさ、読みやすさを第一に考える。
    (小さい文字や、行間に適度なスペースのない文は、読み進めるのが苦痛)

  ○ 同じ、素晴らしいジャズ音楽の魅力にとりつかれた者同士の立場に立ち、
    無条件でミュージシャンを神格化したりするようなことをしない。
    (是是非非で発言する)

  ○ レヴューの数を増やすことが目的ではなく、心から、書きたいと思ったものだけを書く。
    (廃盤や在庫切れのものは、極力避ける)
    また、美辞麗句で曲の感じを表すのではなく、コンパクトで的確なレヴューを
    書くようにする。

  ○ 客観性にとらわれすぎず、できるだけ主観を重視する。 (批判を覚悟で)
    (客観性にとらわれすぎると、人が読んで面白い記事が書けないこともある。
    面白くない記事は書きたくないので)
    もちろん客観的事実(録音年月日やパーソネルの表示など)の正確さには、
    こだわって。

    
  ○ 嘘は書かない。  情報は正確に。 (ケアレス・ミスはあるかも)

  ○ 少しでも、いい内容や音の作品を安く手に入れたいという、買う側の立場に立って
    記事を書く。  (CCCD「コピー・コントロール・CD」は購入しない)
    国内盤と海外盤についても、価格と内容(ボーナス・トラック付きかどうかなど)を
    よく考えて購入する。


  ○ 毎日更新などと、大それた目標を持たない。(負担になり、とても身が持ちましぇーん))

     以上、どんなもんでしょう。   

   

   4月11日

  4月1日に、工藤氏のサイト「ジャズCDの個人ページ」に相互リンクさせていただいた
 こともあり、ここ1週間くらい、このサイトを訪れてくださる方が明らかに増えている。

  もちろん、うれしいし、責任も感じているのだが、内心は、あまりメジャーになり、
 書きたいことが書けなくなるのではないかと少し不安もある。

  このサイト作成も、誰にも媚びず、何の利害もなく、本当に心から思ったことや
 新しい情報を、ネットを利用して発信し、それぞれの方の音楽生活に役立てて欲しいと
 思ったのが第一の目的なので・・・。

  質の高い、小粒でもピリリと辛いサイトを目指しますので、今後ともよろしく。

  また、4ビート至上主義ではなく、絶えずエッジの効いたやつも積極的に聴くように
 心がけているのでご期待を。 (推薦に値するかを慎重に見極めながらも)


  さて、皆さんは、レーベルを持つレコード会社の規模において、マイナーなレーベルと
 メジャーなレーベルでは、同じような音楽レベルのものだったら、どちらの作品の方が、
 廃盤になったあとで、早く再発されるとお思いだろうか。
  まあ、マイナーなレーベルの場合、資金の関係で、しばらくしたら消滅していたということも
 ままあるが。
 
  これが何と、マイナーなレーベルの作品の方が、早く再発されることが、よくあるのだ。
  (作品の発売権を、他のレーベルや会社に売り渡すこともあるが)

  マイナーなレーベルのオーナーの方が、より発売した作品に愛着が強く、作品を
 できるだけ長く世の中の人に聴いて欲しいと思っていることもある。
  また、お金儲けの意志の強いメジャーのレーベルの経営陣に、良心的な人が少ない
 こともその理由だろう。    (ジャズは、めったに、たくさん売れない。でも、
 マイルズの「カインド・オヴ・ブルー」でわかるように、いい作品は長い時間を
 かけて、売れ続けることも確か)

  メジャーのレーベルの作品は、一度にたくさん発売されることもあり、いったん
 廃盤になると、なかなか入手できなくなり、中古を扱う店やネット・オークションで
 手に入れるしかなくなることもある。  (ワーナーやコロンビアなど)
 会社の方針で、たくさん売れそうもないジャズ作品の再発が後回しになることも多い。
 
  そこで、結論。 メジャーをあなどらず(売れ線ミエミエの作品は別として)、自分が
 よさそうだと思った作品は、発売時に購入しておくこと。 

  これが、うっかり買いそびれ、後になって、よく後悔した私からのアドヴァイスである。

 
  話は変わるが、思うに、メジャー、マイナーを問わず、発売時の枚数がどんなに
 少なくても、長年ジャズ・ファンとして、LPやCDを買ってきた私の感想では、
 良質の作品「名盤」とも呼ばれる)は、いつかは「耳利き」(私の造語)の人たちの
 噂や著作などで、ぜひとも再発して欲しいという声が、いろいろな所から盛り上がって
 くるものなのである。

  だから、焦って今発売の作品をたくさん買い集めることはない。  
 (世界中から発売されている、いろいろな、他の人がまったく知らないようなものまで、
 たくさん聴いていることが偉いわけでもない。)

  ジャズ愛好家のサイトやブログでのCD紹介も、ほう、こんな作品も出ているのか、
 という程度に考え、無理して買うこともない。
 いざ聴いてみると面白くないものも、多いのだから。
 (ジャズ評論家になって、本を出そうとするのなら別だが。)


 「名盤」(時には「幻の名盤」と変化することもある)と言われ、多くの人から賞賛を浴びる
 良質の作品は、時間がかかっても、情報入手を怠らなければ、必ず手に入るのである。
 
  そう思ったほうが、気持ちも楽になるしね。

 

   4月1日

  近年になって、50年代から70年代にかけて、ジャズ評論家として活躍されていた
 (本当はもっと映画、小説その他たくさんの分野に造詣の深い人だったが)、
 故・植草甚一氏が再評価されているようである。  関連本も次々に刊行されている。

  実は、この私もリアルタイムで彼の文章や考えにふれ、ずいぶん影響を受けた一人である。

  このサイトも最初は、彼のようなジャズに対するスタンスと語り口ですすめようかとも思ったが、
 案の定、資質の違いもあり断念とあいなった。

  自分の意見と他人の意見を、知らず知らずのうちに融合させていく、彼独特の文章には
 批判もあると思うが、ジャズに限ってはいいセンスの持ち主だったように思う。

  余談だが、彼の死後、残された奥さんのためもあり、彼のレコード・コレクションをすべて
 買い取ったタモリさん、あんたはえらい。

 
   3月15日

  * 音楽は時を経るにつれ、変化はするが進化はしない

  
最近よく思うのだが、いろんな分野の本を読んでも、人間というのは感情や思考において
 昔からそれほど大きく変わっていないし、ましてや、いい方に成長してもいないということである。
  (相変わらずテロや粉争は絶えることがない。)
  
  ここでは、人間の感情を表現する媒体として、特に20世紀になって誕生したジャズ音楽を
 中心に話を進めたい。
  もちろん美術や絵画、工芸その他の分野にも、当てはまるところがあると思うが。

  「進化」については、たしかに科学技術面においては、昔よりいろんなことが便利になり、
 新しい発見も続いている。

  しかし、音楽面においては違う。 「ジャズ新譜ナビゲーター」のサイトを作っている本人が
 言うのもなんだが、現在のジャズ、必ずしも最高のものではないのである。

  このことをよく理解していないジャズ・ジャーナリストや若いジャズ・ファンが、近年あまりに多い。
 
  例えば、音のよくないSP時代のサッチモやチャーリー・パーカーの音楽が、なぜ今も
 多くの人達を感動させられるのかというと、要は、彼らの個性的な「音楽力」とでもいうべきものの
 強さが、桁違いのレベルだからだ。

 
 これまで、ジャズの世界では、ディキシーランド、スイング、ビ・バップ、クール、ハード・バップ、
 モード(4度重ねコードなど)、ファンキー、フリー、フュージョン(分数コード)、MーBase,など、
 いろいろなスタイルのジャズが、多くのミュージシャンによって生み出されて変化をとげ、
 音楽理論も様々なものが考え出されてきた。

  でも、ジャズという他の音楽に比べ歴史の浅い音楽においては、スタイルは二の次、やはり
 個々の人間の作り出す音楽の個性(味わい)がすべてであり、これを聴き取るのが、
 リスナーの最大の楽しみとなる。

  その証拠に、今なお50年代から60年代のブルー・ノート・レーベルのCDが、どんどん
 形や値段を変えて発売されているし、この時代の未発表の音源もいろいろ発掘されてきている。

  ジャズ音楽は、今や世界的に深さと広がりを持った音楽となり、簡単に全貌を説明するのは
 難しくなった。  (近年は、アメリカ以外の国から発売される新譜のほうが多い。)

  しかし、ミュージシャンの個性を聴いて楽しむことが重要なことは、これからも間違いないだろう。

  それには、それぞれのミュージシャンのアドリブを聴くのが一番なのだが、このことについては
 また別の機会にしたい。

  今回はこのへんで。

   2月11日

  * やっぱりジャズはニューヨーク

  あらためて、今まで買ってきたLPやCDをながめると、圧倒的にニューヨークのスタジオで、
 (ニュージャージーのルディ・ヴァン・ゲルダーのスタジオも含め)録音されたものが
 多いことに気づいた。

  50年代のウェスト・コースト・ジャズ、70年代のL.A.フュージョンなども好きで
 よく聴いてきたが、過去から現在にわたり、ニューヨークにはかなわない。

  クリス・クロス、スティープル・チェイス、エンヤ、最近ではフレッシュ・サウンド・レコーズのように、
 ヨーロッパ人がオーナーのレーベルさえも、持っているのはニューヨーク録音のものがほとんどで
 純粋にヨーロッパ人ミュージシャンがヨーロッパで録音したものは少ない。

  近年はヨーロッパ産のピアノ・トリオものが、もてはやされているようだが、たまに
 高評価のものを買っても、何度も聴こうという気になれないものが多いのも事実である。

  要は緊張感の有無が問題で、スウィング感、グルーヴ感、色彩感においても、やはり競争の
 激しいニューヨークにおけるジャズ・シーンは違う。

  人と同じことをやっていては認められないし、本物しか残らない、ここで作り出される音楽には
 何と言っても魅力がある。

  50年代からのモダン・ジャズの名盤のほとんども、ここから生まれているし、現在も
 シーンを動かす、たくさんの各国のミュージシャン達がここに集まり、ジャズ・クラブや
 スタジオなどで、日夜いいものを生み出そうと努力している。

  ライヴ、スタジオ録音を問わず、これからもニューヨークのジャズ・シーンの動きには
 目を離さずにいたいと思う

  具体的に例をあげると、マーク・ターナー(ts、ss)、カート・ローゼンウィンケル(g)、
 
ジョージ・コリガン(p、key)、シーマス・ブレイク(ts、ss)、クリス・チーク(ts)等の参加CDを
 好んで購入することが多い。


   12月4日

   * ジャズ表現におけるバランスについて

  長い間、きわめて幅の広い、ジャズといわれる音楽を聴いている過程で、いろいろな
 ミュージシャンのプレイを聴いてきた。
 
  今の時点ではっきりいえるのは、激しすぎる表現のものは、飽きるのも早い
 いうことである。

  長いジャズの歴史の上でも、(一応、古いジャズも一通り、基本的なものは聴いてきた
 つもりだが) 初期のものには、ヴィブラートも大きめで、音量の変化にも現在の感覚では、
 大げさに感じる演奏も多い。

  また、60年代のフリー・ジャズと呼ばれている音楽となると、楽器の可能性に挑戦するという
 理由で、フリーク・トーンといわれる超高音や叫びのような音をプレイの中に取り入れ、
 ノー・リズムで演奏しようとするものもある。

  あらためて振り返ると、それらの音楽は、一度目は面白く衝撃的に感じても、何度も
 聴き返す気にはならないものが多い。   (もちろん例外もあるが)

  要は、それぞれのミュージシャンのセンスの問題に行き着くのだが、最近のように
 クールな表現が多くなりすぎるのも、また困りものである。

 
 やはり、バランスが大事。

   12月1日

  * 『ジャズ選曲指南』 後藤雅洋著 彩流社刊 はお薦め


  副題に、秘伝「アルバム4枚セット」聴き、 とあるように、ジャズ喫茶「いーぐる」の
 後藤氏による、ジャズの聴き方に関する本である。


  氏の長年のジャズ喫茶での選曲システムを公開している内容で、傾向の違う4枚の
 LP(片面)やCD(約20分単位)を続けて聴く場合のたいへん有益なアドヴァイスが
 書いてあり、自分が聴く場合でも、とても参考になるいい本だと思う。
 
  ハード・バップやブルーノートの作品を中心に、その他のエッジの効いたものも、
 うまく選曲例の中にちりばめられていて、その中の何枚かのCDをさっそく注文してしまった
 ほどである。


  以前に私が書いたように、人間の集中力は20分くらいしか続かないこともあるし、
 同じ傾向のものを続けて聴くと、飽きも来るので、この本で紹介されていた方法は、
 日常的にも使っていたのだが、こうしてレベルごとに、うまくまとめてあると、ことさら
 興味深く読むことが出来た。

  また、この本は、ある程度長く、ジャズという怪しい魔力をもつ音楽(個人的には
 私の生きるための原動力)に親しんできた
人にとっては、ニヤリとさせる意見も
 たくさん載っていて、これからジャズを聴く上での楽しみが、より増すこと請け合いである。

  個人的には、ジャッキー・マクリーンとジョー・ヘンダーソンの高評価に共感できるし、
 ジャズ喫茶でとりわけ人気のある作品もいくつか載っていて、懐かしかった。

   11月19日

  * ボックス・セットの長所と短所

   長所

  ○ 未発表曲が入っているものが多い。
    (パシフィック・ジャズ時代のジョー・パス(g)や、プレスティッジ時代の
     デクスター・ゴードン(ts)のものなど)


  ○ 録音順になっている場合は、ミュージシャンの音楽やプレイの変化をたどりやすい。

  ○ リマスターされていて、以前に発表されたものより音質が向上していることが多い。

  ○ 入手しにくかった音源が入っていることがある。

  ○ プレスティッジ時代のコルトレーンのLPのように、録音日やメンバーの異なる音源を
    同時に聴かなくてすむ。

  ○ 詳しい解説書がついてくる。


   短所

  ○ とにかく値段が高い。 (日本盤は特に)

  ○ 以前に買っていたLPやCDと重複してしまう。

  ○ ジャケットを見る楽しみがなくなる。

  ○ 聴き通すのにどうしても時間がかかる。

  ○ いったん通して聴いてしまうと、その時代のミュージシャンの音楽がわかったような
    気になり、何度も聴き返すことが少なくなりがちである。

  ○ ケースによっては、ヴァーヴ時代のビル・エヴァンズもののように、重い金属製で、
    しかも、わざとサビを生えさせようと試みる、ふとどきなケースがある。


   とまあ、思いつくままに書いてみたのだが、結論としては、ボックス・セットは、ある程度
  目当てのミュージシャンの代表作や、いろいろな情報を知った上で買うというのが、
  後悔しない買い方だと思う。

   10月1日

  * ジャズ・ブーム?に、もの申す   (ジャズを作品として残すことと、
                               楽しむことは別なのでは?)

  最近、映画「スウィングガールズ」の影響もあり、ジャズ(といってもスウィング・ジャズ中心)に、
 やや世間の関心が向いてきているようで、サントラのCDがよく売れているらしい。

  ジャズという音楽に興味を持つ人が増えるなど、ジャズ界全体にとっては、悪いことではないと
 思うのだが、一つ心配なことがある。

  それは、ジャズ音楽をグループや個人を問わず楽しむこと自体は、とてもいいことだとはいえ、
 その演奏を一つの作品として世に出すということは、話が別なのではないかと思うのである。

  つまり、簡単に出せるからといって、低レベルのものを、やみくもに出して欲しくない
 ということで、ヨーロッパや日本に限らず、近年、どうも出す側の都合ばかりが考慮されがちで、
 買う側のことがあまり考えられていないようなのである。
 
  ヨーロッパ関係では、ジャズエールの最新輸入盤リストを見ると、本当に以前よりたくさん
 ジャズのCDやDVDの新譜が載っている。    とりわけ嫌いなビッグ・バンドものの多いこと。
  演奏者が記念にと思って出したのも多いと思うが。

  これでは、ジャズの発展(私はジャズは一度も死んだことはないと考えている)にとっても
 マイナスだし、感動できるよい新譜に巡り会わないまま、長く続くはずのジャズ・ファンに
 なり損ねる人も大勢出てきそうである。

  たしかに、いろんなジャズ中心の個人サイトでは、50年代から60年代にかけての「名盤」に
 ついて、多くの人が賛辞や推薦の言葉を載せている。  (ありきたりのものも多いが)

  でも、これらの昔の名盤を聴いているだけでは、やはり現代の感覚と微妙な「ずれ」があり、
 これらだけで満足できない人も、私を含めたくさんいると思われる。

  そこで、「ジャズ新譜ナビゲーター」を名乗るこのサイトにとっても、良質なジャズ新譜は、
 ぜひ聴いてみたいし、いいものは皆さんに真っ先に推薦したいと願っている次第である。

  大手以外のものも含め、レコード会社には、いいものを、もっと厳選して出して欲しいと
 思うのだが・・・・・。

  それには、最近多いセルフ・プロデュースの作品は、どうしても客観性や多様性に欠けがちな
 こともあり、以前も言ったように、ジャズをよくわかった感覚の鋭いプロデューサーの出現が
 求められると思う。

   9月21日

  * ヨーロッパ・ジャズに足りないもの

   前回は、たくさんリリースされるヨーロッパ・ジャズの新譜に、ブルーズ感覚と
  ファンキーさが不足しがちだということを指摘した。

   その後、メロディのうまい歌わせ方について考えていると、どんな楽器を使うにしろ
  近年のミュージシャンは、以前の人達に比べ、「ための感覚や、もたり感が、うまく
  表現できていないことに気づいた。

   近年、デビューしてくるミュージシャンは、テクニックを手っ取り早く身につけるために
  クラシックの影響を受けすぎることもあるが、どうもブルーズ感覚とともに、これらの感覚も
  しっかり身につけていないうちに、CDを出すことが多く、聞かされるこちらも大いに迷惑を
  こうむっている次第である。

   これらの感覚的なものは、譜面だけの練習では、決して身に付けられるものでなく、
  グループにおける実体験と、ジャズ・ジャイアンツのLPやCDを真剣に聴きこむことに
  よってしか身に付けることができないのものなのである。

   そして、これらの感覚を身に付け、演奏に生かすことができるようになって、ようやく
  聴く人に感動を与え、何度も聴きたい気にさせることができる。

   しかし、これらが不十分なまま、近年はジャズ・シーンにデビューし、作品を安易に
  作るものが多すぎるのである。

   私としては、小手先のテクニックや目先の新しさにとらわれず、しっかり伝統をふまえて、
  新譜をこれからも批評していきたいと思っている。

  もちろん、スウィングとグルーヴ感は絶対必要不可欠だ。

   9月7日

  * 今のジャズに足りないのは、ブルーズ感覚とファンキーさだ

   今日、フィル・アップチャーチ(g)の’71年の作品「ダークネス・ダークネス」
  一枚のCD(これは、LPの形では2枚組だったもの)を聴いていて、突然ひらめいた。

   外れの多いヨーロッパを中心にしたジャズの新譜に私が共感できないのは、それらの
  作品に、ブルーズ感覚とファンキーさが不足しているからだと。

   この二つの要素を持たないミュージシャンの演奏するジャズは、やはり乗りが悪いし、
  面白さに欠け、一度は興味深く聴けても、何度も繰り返して聴くことは少ないのが
  現実である。

   近年は、環境その他の面からも、黒人だからそれらの要素を持っているともいえず、
  白人、日本人を問わず、それらの要素を身につけているミュージシャンもいる。

   そのため、それらの要素は、個人個人の感性やセンスの違いということになり、それを
  聴き分け、味わうのが、リスナーの楽しみともなる。
  
   でも、あまりそれらの要素が強すぎる演奏も、飽きの来るのがはやく、センスよく
  洗練されたもののほうが、何度も聴けるようだ。


   とはいえ、最近のジャズ新譜で、これらの要素を楽しめるものが、あまりないというのも
  事実で、そのため、どうしても、60年代〜70年代の作品を聴くことが多くなり、CCCDの
  問題もあって、新譜でこれはいいというものに、なかなかめぐりあえない。

   皆さんはどうだろう。
 
   クラブ・シーンでも、ブルーズ感覚と、ファンキーさが重要視されているようだ。

   8月11日

  * 私の、好内容のジャズ新譜発見法  「新譜探しは、情報と人脈がキー・ポイント」
   
   前回、「最近はろくな新譜がない」、などと嘆いた文章を書いた。それにもかかわらず、
  実際は相も変わらず、よさそうな新譜は、ネット・ショップなどで注文し、定期的に
  聴いているのが現実である。 (じゃないと、こんなウェブサイトを続ける意味もなくなるし)

   今回は、他の人に参考になるかどうかわからないし、あまりに当たり前のことなので、
  とっくに実行している人もいるかもしれないが、一応私の、好内容の新譜の見つけ方を
  述べてみたい。

   まず、何と言っても、外れのCDやDVDなどの商品を買わないために大切なのは、
  気になる商品があったら、それらについて書かれているレヴューをできるだけ多く、
  しかも多方面から集めて、よく検討することである。(とくに、その作品を発売している
  レーベルの音楽の傾向を知っていることが役立つ。)

   レコード店のサイトや雑誌などに載っているレヴューは、どちらかというと、
  いいことしか書かれていなかったり、評者によりバイアスがかかっていることが多いため、
  できれば、この私のサイトのような(へへへ)、まったく利害のからまないサイトを見つけ、
  そこに書いてあるレヴューを参考に、購入を考えるのもいい方法だと思う。  
   いい世の中になったものだ。
   
   もちろん、趣味が似ていて、信頼できる人の口コミも大いに利用すべきだろう。

   その際、パーソネルや録音年月日をチェックしておくことも、ジャケットや題名を変えただけで、
  以前発売されたものと同じ内容のものを、二度買いしないためにも必要である。
  (何度、失敗して悔やんだことか)

   次に、好内容の新譜を買うための方法としていいのは、ジャズ・ミュージシャンの
  コミュニティにおける人脈を利用することである。

   これほど多くの新譜が発売される今日、まったく名前を知らないミュージシャンの作品を
  買うのはきわめてギャンブル的要素が強く、失敗も多い。

   そこで、まずその作品のパーソネルを調べ、知っているミュージシャンが
  参加していないかを見、それから購入を考えるのが、私のよくとる方法である。

   ジャズ・ミュージシャンは、ソロ演奏を除き、ほとんど何人かのメンバーと組んで
  演奏することが多いため、知っているミュージシャンがいると、その演奏内容も想像しやすい。

   ミュージシャン側に立って考えても、あまりにレベルの違うミュージシャンと一緒に
  演奏することはないだろうし、ましてや、プロとして、自分や自分たちの演奏を作品として
  世に問う場合、みっともないものを出すのは、恥ずかしいと思うだろう。
  (最近はプライドのないミュージシャンも増えているが )
  
   そこで、買う側としても、そのことを踏まえ、なるべく演奏の特徴を知っているミュージシャンの
  入ったものを買うようにし、聴いた後、気に入ったミュージシャンが見つかったら、また、
  そのミュージシャンの人脈をたどって買うという方法をとるのが、後悔しないための
  最善の策といえる。

   もちろん、使えるお金と、聴くための時間の関係もあり、どこまで人脈をたよりに買うかは、
  人それぞれである。

   でも、私はこれらの方法を長年とって、楽しみながらジャズ・ファンを続けていることもあり、
  いい方法だと思うので、多くの人にお勧めしたいと思う。
  

   8月3日
 
  * こんなに、ヨーロッパものに、低レベルのものが多いと、ジャズの今後が心配だ 

   「ジャズエール」の新譜案内や「ライトハウス」のディスク・リポート、「ディスク・ユニオン」、
  仙台の「ディスク・ノート」のウェブサイトなどを見てもわかるように、ここ数年、
  ヨーロッパのレーベルの異常な活気のよさと、CD発売数の多さが目に余るように
  なってきているのを、皆さんはご存じだろうか。  (特にイタリア)

   内容はというと、各レーベル・オーナーの変わった趣味もあり、ノリのよくない、
  私の嫌いなフリー系(ほとんど演奏者自身が楽しむだけのもので、実態はクリシェや
  手癖による反射運動の連続)、クラシックや現代音楽かぶれのもの、古典系ジャズなど、
  あまり触手が伸びない内容のCDが多く、そこには、アメリカのジャズに対する過剰なまでの
  対抗意識も感じられるほどである。
   スノビズムさえも。

   確かにCDの音自体は、全体によくなってきている。 しかし、いい内容のものが
  少なすぎるのが問題で、使えるお金にも限りがあるため、こちらとしては購入には慎重に
  ならざるを得ない。

   メジャー、マイナーを問わず、いい新譜を紹介するのが私のウェブサイトの方針だが、
  本音を言うと体と魂の双方がいいと思う新譜CDが、最近あまりないのである。

   以前なら、LPやCDの形で世に出せないような低レベルの演奏のものが、CDの制作が
  低コストですむようになったこともあり、粗製濫造されているのである。 

  (こんなこと、ジャズ雑誌やレコード店は口が裂けても言わないが)
   
    特に、演奏人口の多い、ピアノによるトリオを中心としたジャズもどきのものが、
  叙情性やら透明感などの美辞麗句で、やたらに紹介されている現状は、ひどいものである。

   本物のスウィング感も出せないで ピアノでジャズを演奏することを安易に考えている
  ミュージシャン自身も問題だが、私は、そんなものを世に出して商売しようという、
  レーベル・オーナーやプロデューサーの質の低下が最も大きな問題だと思っている。
 
   アルフレッド・ライオンやオリン・キープニューズ、レスター・ケーニッヒ、テオ・マセロ等の
  レベルに、皆が到達できないのはわかるが、もっとジャズの本質をつかんだプロデューサーは
  いないのだろうか。

   このままでは、ジャズのCDは、質の低下で、以前からのファンからも見放され、
  いいものを捜すのにも、とても苦労することになるのは目に見えている。

   もっとガツンとくるやつを聴きたいな。

   7月17日

 * 極私的CDの聴き方

   ジャズの新譜、相変わらずネットで注文しては、いくつか聴いてはいるが、最近は
  ぜひ推薦したいと思うようなものがなく、やや中だるみ状態である。 心からいいと思った
  ものしか推薦したくないためもあり、しかたがない面もあるが。

   そこで、趣向をかえて、今回は、このウェブサイトを作成している私自身のCDの聴き方に
  ついて、少し書いてみようと思う。

   聴き方には個人差もあり、必ずしも私のやり方がいいとはいえないと思うが、参考までに。


 ○ まずCDを聴く時、私は、集中して聴かないと内容をよく理解できないし、このサイトを
   見ている方々に、推薦したいものも選べないため、絶対アルコール類は飲まないし、
   ながらで聴くこともしない。 でも、集中して続けて聴けるのは、せいぜい20分くらいなので、
   趣向の違ったCDを取り替えながら聴いている。

    しかし、漫然と聴いていると、どうしても集中が続かないこともあるため、各CDごとに
   メモ用紙を用意し、題名、ミュージシャン名(リーダー)、録音年月日(これが特に重要)、
   収録曲の番号を調べて記入してから、実際の音を聴くことにしている。

    あとは曲ごとにテンポ( F、M、S、)、リズム(4ビート、8ビート、ラテン、サンバ)、
   ソロの順を、( tp〜ts〜p )のように記入していき、その曲を聴き終えたら、最後に、
   ×、○、◎、三重丸の段階で評価をしている。

    これをしておくと、しばらくぶりで再び聴くことになったとき、自分のその時点で
   聴きたいと思う曲だけを聴くことができ、非常に有用だと思う。 
   これがLPに比べ、CDの長所ともいえる。

    もちろん、あとで聴き直すと評価が変わることも多い。そんなとき、私は、
   現在の経験を積んだ耳と感覚をあくまでも信じ、ためらいなく評価を変える。

    そのためにも、記入には、あとで修正できる、鉛筆を使った方がいいように思う。

   聴いている最中は、CDごとに全体の録音レベルや音質が異なるため、
    ボリュームやベース、トレブルのつまみを細かく調整することも多い。 部屋の構造や、
    家族とうまく折り合いをつけ、音量はできるだけ大きめで聴けることが理想であることは
    言うまでもない。

    ヘッドフォンについては、買ってはみたけれど、やはり、暑苦しいのと、音の広がりが
    感じられないため、よほどのことがないかぎり、今のところ使っていない。
    ゼンハイザーの製品そのものには不満はないのだが・・・。   
    これも感じ方には個人差があると思う。

 ○  作品を全部聴き終わったら、最後に、録音の評価(10段階)と、特に印象に残ったことを、
    短いコメントで書き残す。 

     以上のことを行っている。

    ○   あと、付け加えるとしたら、解説書や、帯(日本盤の場合)はとっておく方が、
    中古屋に引き取ってもらう場合に、お得だ、ということぐらいだろうか。

     また、CD用のビニール外袋も、使うととても便利で、落としても安心である。
    
    今回はこのへんで。
 
   6月30日


  * 付いててうれしいボーナス・トラックについて

   CD時代になって、収録時間が75分近くに伸び、今までLPの形の時はなかったボーナス・
  トラックが、ジャズの再発物CDでは、付いてくることが多くなった。

   昔から、少しでもたくさん、好きなミュージシャンの演奏を聴きたい私のような者には、
  たいへんいい傾向だと思うのだが、これにN.Y.氏のように反対を唱える人もいる。

   その訳は、何度も聴いてなじんできた「名盤」が、曲順の変更やボーナス・トラックによって
  純粋さが失われ、鑑賞の邪魔になるというものらしい。

   確かに、ボーナス・トラックを、LPだったときの曲順の中に割り込ませるやり方は、私も
  ミュージシャンやプロデューサーのその当時の意図を考えても賛成できない。

.   でも、ブルーノート・レーベルのように、後ろにまとめてつけるのはいいと思う。

   とりわけ、ボーナス・トラックといっても、時間的制約で入りきらなかった、いい演奏の
  未発表曲は、いつでも大歓迎である。

   しかし、別テイク物については、LP制作当時、ミュージシャンやプロデューサーが本テイク
  として、選ばなかったことから分かるように、概して、本テイクに比べ、レベルの劣るものが
  多い。

   ジャズ音楽の場合、アドリブ・ソロをとるメンバー全員が最高のソロをとるテイクはどうしても
  限られ、無難で大きなミスのないものが、本テイクとして選ばれやすいが、CDになって
  付けられた別テイクを聴くと、意外にハプニングしている、いい演奏やソロを聴けることもある。

   これだから、ジャズは面白いのだが、これからも、LPとして出された作品をCDの形として
  再発売する場合、レコード会社には、音質の向上(SACD化)はもちろん、ボーナス・トラックも
  どんどん付けて発売してほしいと思っている。

   また、ボーナス・トラックが付いているということは、マスター・テープから音をとったという証で、
  音も、ボーナス・トラックなしの今までのCDよりいいことが多いので、参考まで。

    3月29日

  * 私好みのジャズの生まれた時期

  長くジャズ中心の音楽生活を送ってきた私にとって、それらの、好きな時期を冷静に
 振り返ってみると、主に1960年前後と1970年前後の2つになる。
 LPやCDもこの時期のものが特に多いようだ。
 
  60年前後は、ハード・バップの隆盛もややかげりを見せ、新たなジャズ演奏の方法論を
 探そうとするミュージシャンが、それぞれに熱い音楽を作り出そうとしていた時期である。
  マイルズやコルトレーンのモード奏法による革新や、オーネット・コールマン等の新しい感覚の
 音楽などの影響が、他のミュージシャンにも自然に行き渡り、その前後のレコードには、
 今聴いても感動できるものが多く、私は、この時期に生まれたジャズの作品を有名、無名に
 かかわらず、よく聴いている。
  最近購入したポール・ホーン(as,fl)の60年代初期のCDを聴いてみても、モードを使った曲や
 変拍子の自然な使い方など、とても面白く聴け、この時期のよさを再認識したしだいである。
  録音の状態も、それほど古さを感じさせないものが多い。

  70年前後については、やはりマイルズの音楽的変貌の速さと無関係ではないのだが、
 イギリス(例えば「ソフト・マシーン」や「ニュークリアス」)や、日本でもいろんなミュージシャンが
 それぞれ独自のジャズの発展をはかっていたことが、そのころの作品を聴くとよくわかる。 
 ロックやR&Bの影響をジャズ・ミュージシャンも強く受け、もちろん当時、10代後半の
 感覚的にも若い私に、そのころの音楽が強い影響を与えたから好きな時期だ、ということもある。

  でも、じっくり聴き込んでみると、その後のフュージョン隆盛の芽が、そのころのジャズには
 聴き取れ、今聴いてもあまり古さを感じない。
 いい時期だったと、今振り返ると思うのだが、マイルズのブートもこのへんのものが一番好みで、
 集めては聴いて楽しんでいる。
  (昨年出た「ジャック・ジョンソン・セッションズ」のBOXセットも、興味深いいい作品だった。)
 
  みなさんはどうだろう。

   3月16日

  * サックスという、ニクイ楽器についての個人的考察
  
   このサックスという楽器、私にジャズにのめり込む機会を与え、ある意味では人生を狂わせた
  ともいえる、なかなかのくせ者である。

   初心者が、最も、楽に音が出しやすいことで有名なこの楽器、クラシックのヴァイオリン系の音
  から、ジャズにおける叫びに近い音まで、とにかくいろいろな音が出せる、近代のアドルフ・
  サックスという人による大発明品だと思う。

   私個人は、フランス・セルマーのマーク・6のアルトとソプラノを10代の終わりごろに手に入れ、
  今では、中学生だった子供に貸した程度で、冬眠中だが、すぐに使える状態にはなっている。
   この楽器、とにかく壊れやすく、頻繁なメインテナンスも必要な、繊細この上ない楽器である。
  (何しろ小さなコルク一つ剥がれたり、バネ一つ折れても、まともに演奏できなくなるくらい
  なのだから。)
 
   ジャズではC・パーカー、S・ロリンズ、J・コルトレーン他、いろんなプレーヤーが
  この楽器によってジャズの歴史をリードしてきたのは周知の事実であり、現在でも多くの人が
  この楽器に取り組み、演奏を楽しんでいる。

    私もこの楽器にとりつかれた一人だが、とにかく奥の深い楽器で、音程もある程度自分で
  作り出さなくてはいけないという不完全さ(これが表現力の源の一つ)や、構造的欠陥
  (特にサックス上の真ん中のDの音を出す時の他との違和感や、C#の音の不安定さなど)
  もあるが、人間の感情や歌心を表現するのには、最も適した楽器なのではないかと思う。

   さて、フラジオ・ノートと言われる高いG以上の音を、ロング・トーン程度ではなく、フレーズの
  一部として自在に使いこなすという点では、やはりマイケル・ブレッカーの右に出るものはいない
  と思われるが、世間では、あまりにサックスの高音や激しいプレイに興味が集まり過ぎては
  いないだろうか。


   ここで強調したいのは、サックスでは、美しい、ソフトで小さい音を出すのが極めて大変だ
  ということである。
   かすれず、途中で途切れず、自分の思う正しい音程で、きれいな音色の音を出すためには、
  実は、かなり体力や、口やその他の、微妙なコントロールが必要なのである。
   この点で、私個人は、最高の手だれとして、ポール・デスモンドとウォーン・マーシュを
  あげたいと思うのだが、皆さんはどうだろうか。

   コルトレーンの、60年代初期のバラード演奏における、高音での弱音プレイも素晴らしいが。

   ところで、クラシックでのサックスの有名曲の演奏では、速く細かなフレーズを楽々と演奏して
  いるものが多いが、彼等はあらかじめ事前に、譜面を見て練習した上で演奏している。
  これも一つの芸術として認めているが、私は、ある程度の枠をもうけながらも即興的に
  演奏されるジャズのアドリブによるものとは別のものとして考えている。
   たまに聴くと、いいのもあるが。  
 
   長くなったので、今回はここまでとしたいが、サックスという楽器に対する私の思いの一端は

  述べられたのではないかと思う。

   2月24日

  * ピアノ・トリオばかりが、なぜもてる

  実は、近年のジャズの新譜に本当にピアノ・トリオものが多いのです。 特にヨーロッパ物が。

  ジャズという音楽のグローバル化の表れで、しかも選択の幅も増え、いいことずくめのように
 思えるかも知れませんが、ジャズ界全体や私達ジャズ愛好家にとって、この流れで本当に
 いいんでしょうか。

  とりわけ近年、聴きやすいだけのスタンダード中心のピアノ・トリオや、前衛きどりの、
 こけおどしの演奏のピアノ・トリオがもてはやされ、ボディとソウル双方にガツンとくる
 ピアノ・トリオは正直数えるほどなのです。

  家庭事情もあり、昔から日本ではピアノ・トリオ(ここではドラム、ベース、ピアノ)の人気は高く、
 私も一応、いろんな人の名盤と言われているものは大体集め、聴いて楽しんできた一人ですが
 こうまで氾濫してくると、ちょっと問題ではないでしょうか。

  ジャズに、癒し(嫌いな言葉ですが)を求めるのもいいでしょう。 録音技術の進歩で、
 今まで再現されなかったベースやドラムのリアルな音自体を楽しむのもまた有りでしょう。
 でも肝心のピアニストに、これといった凄いやつが、たくさんのCDが世に出ているわりに
 あまり見当たらないというのが、新譜をできるだけウォッチしている私の結論です。
 

  実は、以前、無謀にも、ジャズ・ピアノも本格的にやろうとして、左手の和音の組み立て方や
 アドリブの研究のために、ビル・エヴァンズ、ハービー・ハンコック、マッコイ・タイナー、モンク、
 チック・コリア、トミー・フラナガン、ケニー・バロン等のアドリブ・コピー譜を集め、実際の音を
 聴きながらいろいろ分析してみたことがあるのです。

  結論としては、和音関係ではビル・エヴァンズ(→近年のピアニストのバイブル的存在)、

 「左手の和音では、ルート音をベースにまかせて省き、適切なテンションを入れる。
 例えばMAJOR9thのコードの時、下から3・5・7・9か7・9・3・5の順に並んだ和音を使う、
 MINOR9thでは♭3・5.♭7・9か♭7・9・♭3・5の順、9thと13thをつかうドミナント・コード
 では、3・13・♭7・9か♭7・9・3・13の順など」

 リズム面やノリ方(独特の後ノリ)では、ハービー・ハンコックがとりわけ素晴らしいと思ったの
 ですが、やはりいいピアニストはブルーズの演奏がうまいのですよ。

  ジャズ・ピアニストとしての能力を見抜くヒントとして、このことも念頭において、新譜CDの
 購入にあたるといいのではないかと思います。


 PS. チック・コリアの最近発売されたニューヨーク・ライヴ9枚組DVD、ようやく全部観ることが
    できました。以前に出ていた、同時期収録のCDを買ってない人やチックが好きな人は
    必携かも。   値は張りますが。

   2月6日

  いやー最近、この雑感のページの更新が遅れすいません。まとまったジャズに関連する雑感を
 書くためにこのページを作成したのですが、新譜紹介その他のページに、いざいいものを書こうと
 すると、なかなか本や資料を集めたりして大変なため、(間違いを書きたくないという強い気持ちが
 あるためもありますが)遅れがちになりました。

  そこで、今年からは少し軽い気持ちでこのぺージに、取り組むつもりです。
  
 まずは3日にWOWOWで放送されたデイヴ・ホランド(b)・5の’02年のモントリオールでの
 ライヴ、いいですねー。さっそく同じメンバーでの、買おうか迷っていた’01年のライヴ「エクステン
 ディッド・プレイ」のCDを注文してしまいました。
  とにかくホランドのベース・プレイもいいのですが、作編曲(枠組みと自由さのバランスがいい)も
 面白く聴け、ドラムのビリー・キルソンの生きのよいプレイも特筆ものです。
  もちろん最近気に入っている、テナーその他の楽器を操るクリス・ポッターのプレイも文句なし。
 インとアウトを心得た、巧みなフレーズをどんどん吹いていました。アドリブの構成も年々よくなって
 いるようで、大ブレイクも近そうです。

  ところでクリス・ポッターといえば、マウスピースは以前からハード・ラバーのものを使っているの
 ですが、最近のジャズのテナー奏者がだんだんメタル製からハード・ラバー製のものを使うように
 なっているのを、ご存知ですか。
  例をあげると、ジェリー・バーガンジー、ジョシュア・レッドマン、マーク・ターナー、
 ボブ・ミンツァー、
ウエイン・ショーター、そして生涯セルマーのハード・ラバー(どちらかというと
 クラッシク向きの音色)を使い続けて、考えもつかない、いろんな音を出していた
 ジョー・ヘンダーソン
等。

  そうそう、セルマーのハード・ラバーといえば、アルトのケニー・ギャレットも、デビューの頃から
 現在まで使用していますが、よくあのマウスピースであんな音が出せるのか、不思議になるほど
 ジャジーな音を出しています。  コルトレーンが本当に好きらしいけど。

  私個人は、本当はアルトはメイヤーなどのハード・ラバー、テナーはコルトレーンも使って
 有名なオットー・リンクのメタルの音が大好きなのですが、これも時代の流れなのかもしれません。


  学生時代、実はアルトにオットー・リンクのマウスピースをつけてみたのですが、これはリードの
 反応も思わしくなく大失敗でした。(笑)
  アルトでメタルを使っていたソニー・スティットとソニー・クリスは凄過ぎです。

  昔はマウスピースの値段が随分高価だった思い出がありますね。

  PS その後、今年の2月にあったウエイン・ショーターの東京のライヴでの写真を見ると、
     何とウエインは、またメタルのマウスピースを使っていた。何をするか予想のつかない
     彼らしい。
     
    1月2日

 * LPとCDとSACDについて
 
  今まで、私のHPを見てくれた人は気づいていたかもしれないが、実は現在だけでなく、
 15年くらい前より私は、LPをほとんど聴かなくなっている。ブルー・ノート・レーベルなどは、
 LPで持っているものも、ほとんど重複してCDを買ってしまった。 

  現在は、新譜はCDかSACDでしか発売されないので、それはいいのだが、なぜ普通、
 私くらいの年代ならLPのよさをいろいろとあげて擁護しがちなのに、そうしないのかというと、
 とにかく、演奏中のプチ・ノイズが昔から嫌いでたまらなかったのが、第一の理由である。
 (ソロ・ピアノやバラード演奏では特に) 


  二番目の理由としては、いちいち掃除が必要だし、持ち運びに不便なことがあげられる。
 
  そして、三番目の理由としては、聴くごとに、確実にLPは音が悪くなるため、貧乏性の私の
 ような者は、真剣に聴こうと身構えてしまい、疲れてしまうことがあげられる。

  確かにLPの長所として、ジャケット鑑賞の楽しみ、暖かな聴き飽きない音、未だにCD化されて
 いないものの存在などがあることは認める。でもCDもだんだんリマスター技術の向上もあり、
 音的には以前のような、冷たい耳にキンキンくる音は少なくなり、LPでしか聴けなかった演奏の
 CD化もどんどん進んでいる。
 

  CDなら何回聴いても音の劣化がないのもいい。 ただ半永久的かというと、これは疑問。
 なぜなら、実際に私のCDの中で、特に劣悪な環境に置いていないのに、白いカビのような
 ものがCDの内部から広がって聴けなくなったものがでてきているのだから。
 (ウェスのコンプリート・リヴァーサイドのBOXセット)

  そんなこんなで、CD中心の毎日だが、昨年より、ジャズのソフトも増えてきたこともあり、
 念願のSACDプレーヤーを買ってSACDを楽しむことにした。まだ私のHPではSACDの
 ソフトについては、普及度の問題も考え、のせていないのだが、実は新譜の何枚か
 (CDとのハイブリッドが多く、DMPレーベルのウォーレン・バーンハート(p)のピアノ・トリオ
 ものと、ヴィレッジレコード・レーベルのもの等)と名盤の何枚か(マイルズ・デイヴィスや
 ウエス・モンゴメリーのもの等)を購入して、いろいろ聴き比べをしてみたのである。

 
  マルチ・チャンネルは私の好みではないので、以下の文は2チャンネルに限ってのことだが。

  結論としては、SACDは、LPとCDの、いいとこ取りの音楽ソフトだということである。

  新録音ではCDとSACDの差はほとんど感じられないが、旧譜での比較では、はっきり
 わかる。
  一つ一つの楽器の音像がはっきりし、ボリュームを上げても聴きづらくなく、聴いたあとも
 頭がすっきりし、長時間聴いても疲れないのである。もちろん操作性はCDと同じだし、
 スペースもとらない。
  今後は50年〜60年代の名盤が、特に海外ではどんどん発売されそうなので、楽しみに
 している。

  ちなみに最近読んだ本によると、高音域の音は脳に作用して元気を出させるらしいし、
 低音域の音は体全体にきき、健康にいい影響を与えるらしい。

  では。


                  

   12月28日

   * なぜ「ジャズ新譜ナビゲーター」なのか

  私ぐらいの年代の人は、なぜ私がこんなにジャズの新譜にこだわるのか、不思議に
 思われるかもしれない。 確かに、50年代から60年代のモダン・ジャズ黄金期に演奏された
 ジャズは、たいへん素晴らしく、ジャズの本質をしっかり踏まえた、今でも絶対に古びない
 パワーを持っていると言う意見が多く、中古盤業界を賑わすのもほとんどこの年代の
 ジャズである。

  私もこれには、まったく同意するし、今でもその時代の、より音がよくなったリマスターものや
 ボーナス・トラック付きのもの、未発表もの、SACDになったものは、どんなにお金がかかっても、
 購入しようとしてしまう。

  でも、やはり生来の好奇心の強さもあり、どうしても新しく演奏されたジャズで、いいものを
 聴いてみたいという気持ちは抑えることができないのもまた事実である。(最近は録音の
 優れたものも多いしね)
 
  しかし、何十年という時間にもまれ、淘汰されて残ったいわゆる「名盤」と違い、新譜には
 当たり外れがあることはいなめない。実際、私がニューリリースのCDの感想と情報のページに
 のせる一枚の推薦盤の裏では、あえなく討ち死にした(つまり、あまりよくないもの)数枚の
 新譜CD、DVDがあることもまた確かで、こればかりはナビゲーターを名乗る以上はしかたが
 ないと割り切っている。


  でも、このH・Pを見ているみんなは、たくさんの新譜(特に最近はヨーロッパ産のものが多い)
 を聴く時間的余裕もないだろうと思うし、むだな出費もしてほしくない。
 もちろん自分の楽しみのために、このH・Pを作成したのだが、よかったら、ぜひ新譜購入の
 際の参考にしてもらいたい。
 
  ところで、最近のS・J誌のひもつきレヴューのひどさは目に余るね。もはや国内盤だけで 
 新しいジャズの動きをカバーすることは不可能なのに、今でもあんなことをやっているんだから。
 特集では、詳しく50年代の名盤を扱っているのに、肝心の新譜レヴューはというと、
 売れ線女性ミュージシャンのジャズやボーカル物、トリオ物ばっかりで、ほとんど後世に残らない
 CDを、評論家と称する人達が、編集部から頼まれ、お金もからむため、強く批判したくても
 抑えて、提灯持ちのレヴューしか書いていない。  まったくわびしいかぎり。
  
  この現状打破の意味もあり、このH・Pを作成したわけだが、どうだろうか。 お金と忍耐と
 健康の続くかぎり、どんどん更新していくつもりなので、これからもよろしく。



                  

   12月26日


 * 私の肌に合わないジャズ・ミュージシャン


  一ジャズ・ファンとして長い間いろんなミュージシャンの演奏を聴いてきた私だが、やはり
 好き嫌いは、どうしても出てきてしまう。
  いずれのミュージシャンもLPやCDに演奏を残しているほどなので、まったく
 箸にも棒にも掛からないというものは少ないが。

  以下はあくまで個人的感想なので、ご容赦を。  

  私の肌に合わないミュージシャンとしては、有名どころではオスカー・ピーターソン(p)、
 チャールズ・ミンガス(b)、モダン・ジャズ・カルテット、キース・ジャレット(p)、
 マル・ウォルドロン(p)、ウィントン・マーサリス(tp)、1960年代後期からのフィル・ウッズ
 (as, うなりを交えたあの音が好みではないので)、ジョー・ロバーノ(ts)、ビル・フリゼール(g)、
 ジャッキー・バイヤード(p),ジェイムズ・カーター(ts他)、作・編曲はいいのだが、あの暑苦しさ
 さえ覚えるソロが苦手のベニー・ゴルソン(ts)等があげられるが、彼等のLPやCDは、
 ほとんど所有していないので、参考までに。

   もちろんフリー系の多くも。


  改めて考えてみると、どうも感情表現の大げさなものが合わないらしく、しなやかな力強さに
 加え、感情をクールにセンスよく、音楽として表現したものが、好きらしい。

  何度聴いても、飽きのこないものは、ほとんどこのような音楽である。


  みんなはどんな感じだろう。 ジャズ演奏家としては、上記の人達も認めてはいるけれど。

  ところで、近年イタリア・ジャズ界を筆頭にヨーロッパのジャズのCDがどんどん出てきているが、
 皆はどのように対応しているのだろう。集め始めると切りがなさそうだし、かといってまったく
 無視もできないし。(モダン・ジャズ・ギタリストについては、なるべくフォローしているつもりだが。)
 簡単にCDが出せる近年の風潮もあり ピアニストとなると名前の読みにくい人も多く、もう大変。

  ここで、私の、名前をよく知らないミュージシャンのCDの買い方を。

 * まず、オリジナル曲ばかりで構成されたCD、これは後回しにしたほうが、失敗しない。

 * レーベル名と録音日を確認する。(マイナー・カンパニーの場合、特にレーベルごとに
   個性がある)

 * 次に、CDの演奏曲の中にスタンダードのよく知っている曲があれば、まずその曲を
   聴いてみる。
   すると、だいたいそのミュージシャンの力量や、好きか嫌いかが分かるので、購入すべきか
   どうか判断できる。

   でも、ヨーロッパには本当に音程、リズム感、音色に優れたベーシストがたくさんいるね。
   ドラマーは、そうでもないが。


                 

   12月22日  


  * ジャズ・リズムに関する私見

  さて、ここまで続いたこのHP、どうだろうか。 一応私のジャズ・リズムに対する考えも
 ここらで述べるのもいいのではないかと思うので、以下に書いてみたい。

  まず
定速リズムに対する私の意見だが、今までのジャズ・ジャーナリズムでは明らかに
 過小評価されてきていたのではないかと思う。 実際ジャズを演奏した人は体感していると
 思うのだが、ジャズの醍醐味は何といっても、定速ビート(4や8や16を問わず)での
 スウィング感やグルーヴ感を味わうことだと思う。 それなのに、頭でっかちの評論家たちは、
 それから逸脱した演奏ばかりを評価し、実際の演奏家の感覚とまったく乖離した,
 つまらない演奏を持ち上げがちである。

  皆さんも、評論家がいいと推薦したCDを聴いて、ぜんぜん乗れなかったという経験を
 ずいぶんしてきたと思うが、彼らは,自分が演奏でそれを味わえないというコンプレックスが
 心のどこかにあるため、どうしても政治的なものを音楽にくっつけたり、その他の能書きを
 並べ立てがちである。
  また、他の評論家との差別化にこだわるあまり、変にかわった、音楽的にレベルの低いもの
 にもだまされやすい。 文章ではカッコのいいことを言っているけどね。


  私は自分の頭と体、双方がいいと思ったジャズしか評価しないし、このHPもこのポリシーを
 貫きたいと考えている。 安心してついてきて欲しい。

  
ところで、私のリズム・マシーンを使ったアドリブ演奏での経験から言うと、どんなに工夫
 しても真のスウィング感はなかなか機械では出ないね。そのリズム上でのアドリブもだんだん
 パターン化してきて、楽しくない。 やはり実際のミュージシャンの伴奏による「ジェイミー・
 アバーソルド」などの教材CDのほうが乗ってアドリブできる。

  また、ジャズのドラムの場合、曲やアドリブの流れや小節数も意識して演奏し、同じパターンの
 リズムでは飽きてしまうため、細かくパターンを変えたり、アドリブ・ソロに素早く反応して、
 おかずを入れたりしながらスウィングさせなければいけないので、定速ビートの演奏は本当に
 大変だと思う。 
 特にセンスが問われるのは、演奏中の音量のダイナミズムの変化のさせ方で、これが一流と
 その他のドラマーを分けるポイントだと思うのだがどうだろう。

  バラードなどゆっくりした曲でのスウィング感の創出は特に難しく、フリー・リズムにしてしまうと、
 もうドラマーは効果音を作り出すパーカッショニストにならざるをえなくなる。


  最後に、私の偏見かもしれないが、いいと思うジャズ・ドラマーで筋肉マンがいないのは
 偶然だろうか。60年代の
トニー・ウィリアムズ(70年以降のあのドスドスというバスドラ音は
 嫌いだが)、最近では、
ルイシュ・ナッシュ、ブライアン・ブレイドなど、俊敏さが強く要求される
 ジャズという音楽は、パワー重視ではだめなのだろう。

            
                 

    12月13日

 * 私はいかにしてジャズという音楽とつきあってきたか

    大きな流れとしては、まず、ジャズ・ジャイアンツの代表作、名盤を聴いて
   ジャズの魅力にとりつかれる。 (富山、高岡、金沢、東京のジャズ喫茶はいい勉強の場だった。)
                               |
                               |  

            B,C級のジャズの大海に飛び込み、自分の好みを確立(?)する。         
                               |
                               |
                 ジャズ・ジャイアンツの素晴らしさを再認識する。  
                               |
  
                                  |
  広い観点から、いろいろなジャズ演奏を楽しめるようになり、新譜のCDでも、リーダー名、
 レーベル名、サイドマンなどのパーソネルから、何とか、およその演奏内容が想像できるようになる。

  とまあ、こんな具合になってきているのだが、私の場合、6,7年前まで、実際のジャズ演奏の
 ためのヒントをつかもうとして聴き入ったり、コピー譜でアドリブの分析をしたりしてきたことが、純粋に
 聴くだけの人とは違うところだと思う。   みんなはどのような流れでジャズを聴いてきたのだろう。

  アドリブを詳しく分析すると、ジャズ・ジャイアンツのアドリブは、いくら他のB,C級ジャズメンのそれが
 味があるといっても、確かに素晴らしく、これからジャズを演奏しようという人は、まずジャズ・ジャイ
 アンツと言われている人の研究から始め、あまりマイナーな人を初めから目指すのは避けた方が、
 へんな癖もつかず、いいと思う。



                

   12月12日

  さてと気分を変えて。  みんな、たまったLPやCDの整理どうしてる? 

  私個人は、半年前までは、ただ新しく買ったものを順に12の棚に並べるくらいで、
 たいして整理してなかったんだけど、半年前たまり過ぎて、少し、聴かない物や面白くない物や
 リマスター物が出て不要になったものを、買い取ってもらうことにした。その時、ついでに
 整理したんだけど、やはり大変だった。
 一応、大きく1970年で2分し、好きなミュージシャン(マイルズ、パット・マルティーノ、
 スティーヴ・グロスマン、セロニアス・モンク、ビル・エヴァンズ等)は別にして、主にレーベル別に
 並べてみた。 その際、クリス・クロススティープル・チェイス、ブルーノートは背表紙が
 見やすくて助かった。

  その他、わかったことは、LPやCDのジャケットに、直接字を書かない方がよかったこと、
 CDは何年か前の地震の時、落ちてきた時の経験だが、ビニール袋に入れておくと、ケースが
 割れなかったこと、などがあげられる。

  旧譜については、S・J誌やジャズ批評のディスコグラフィーに買ったものをチェックして
 おかないと、同じ内容のものを、リーダー名やジャケットを変えて再発された時、二度買い
 してしまう恐れがある。

  参考までに、フュージョンとECMは買取価格が安いとのことだった。

  でも、フュージョンのマニアものは、CD化されていない物が多いし、これからは、
 フュージョン再認識の時代が必ず来ると思うので、売らないで取っておく方がいいと思う。

                 
                

   12月9日

* 天才と言われ、10代でデビューしたジャズメンで大物になるのが、
  なぜ少ないのか。


  以下に私なりの考えを、思いつくまま、箇条書きに書いてみたい。(この36年間、私の
  知る範囲でもデビュー作1枚、よくて2枚を残して潰れていった、本当に多くのジャズメンが
  いたからね)

 ○ 人生経験不足のため、表現方法が画一的で、大げさなものになりやすい。

 ○ テクニック重視の演奏が多くなる。

 ○ いろんな悪い誘惑(クスリや異性など)に負けてしまう。

 ○ 年輩のジャズメンや評論家に変におだてられ、自分の音楽を深めようとする努力を怠る。

 ○ コピーから出発するものの(このこと自体は当然すべき行為)、そこからなかなか
   抜け出せず、自分独自の色がなかなか出せない。

 ○ あるレヴェルまでは、自分だけの力で達することができるが、それから以降の音楽の
   発展には、同じ音楽を指向する仲間が必要となる。しかし、社会人としての常識不足の
   ため、人間関係をうまく扱うことができず、それがマイナスにはたらく。 

 ○ 常にデビュー作と比較され、それにとらわれ過ぎて、変に不自然な音楽的変化を
   指向してしまう。

 ○ ジャズより他に興味が移って、また生活のこともあり、音楽より他の道で自己実現を
   はかろうとしてしまう。

   とまあこのくらい考えたのだが、皆さんはどう考えるだろう。

   最後にレコード会社やプロデューサーの方に言いたい。 10代でこんなにいいと思うなら、
  きちんと見守ってあげて、より音楽的にも、ミュージシャンが自信を持てるようになってから、
  レコーディングしてほしい。 その方が10代のミュージシャンにとっても、幸せなことだと
  思うから。

   私自身は、10代のミュージシャンのリーダー作品は、よほどの出来でない限り購入しない。
  しばらく様子をみて、より成長して、いいものが発表されたら、購入することにしている。

   

                 

    12月7日

  以前に書いたことに、付け加えたいことがあったので書いてみたいと思う。 それは、
 音楽療法などの本で述べられていることだが、音楽を工夫して聴くことにより、現在の気持ち
 や気分を変えることができると言う方法である。

  例えば、興奮を静めて落ち着いた気持ちになりたければ、まず始めに、テンポの速いリズミ
 カルな曲を聴いて同化させた後、だんだんテンポを遅らせて、バラード調のものを聴けばよく、
 元気で、やる気を出したければ、反対に、バラード調のものから リズミカルのものを聴くように
 するという方法である。

  このことも、音楽を聴く場合、うまく利用すべきだと思う。

             
    
                   

    2003年12月1日

 
 * 主に、アメリカのジャズメンの年のとり方とそのプレイについて
     (なぜみんなうまく枯れることができないのか)

   
   
 このことは、今までジャズ界の一つのタブーとされ、ジャズ・ジャーナリズムでも、真正面に語ら
   れてきたことがない。 そこで私が言おう。 なぜ、アメリカのジャズメンは、年を重ねるごとに、
   プレイの内容、音色の変化を考えると、全盛期のプレイより、悪く変化してきてしまうのだろう。
   (自動車事故のクリフォード・ブラウン(tp)、女性に殺されたリーモーガン(tp)、その他、自殺したジャズ
メンを除いて)。    具体例を、批判を覚悟であげよう。

   
 まず大物から、チャーリー・パーカー(as),ジョン・コルトレーン(ts・ss)、ソニー・ロリンズ
   (ts・まだ現役バリバリらしいが)、アート・ペッパー(as),バド・シャンク(as・fl)、
               バド・パウエル(p)、タル・ファーロウ(g)、アーマッド・ジャマル(p)、
レッド・ミッチェル(b)、リー・コニッツ(as・現役だけどね)、ディジー・ガレスピー(tp)。

 後期のプレイもそれなりに味があって好きなのだが、涙を呑んで、スタン・ゲッツ(ts)、
ビル・エヴァンズ(p)の二人。


 
そして、 今でもいろんな人の新譜で聴くと、わびしくなる、
   よれよれの チャールズ・デイヴィス(bs・ts)、セシル・ペイン(bs)。

 もうこのへんでやめておこう、   石が飛んできそうだ。
最近では、チャールズ・マクファーソン(as)もプレイに乱れが聴き取れる。


生活のため、レコーディングしなくてはいけないこともあろうし、その他いろいろな事情
    もあろう。 でも、やはりそこには共通したアメリカ社会の未成熟さがあらわれていると思うのだ。
  

    比較のため、わが日本の伝統芸である,能楽、歌舞伎、人形浄瑠璃、落語、雅楽その他
   いろいろな職人芸での、名人やベテランといわれる人の技や芸、演奏と比べてほしい。

   彼らの技や芸、演奏は、一様に
洗練化と単純化と深化という方向に向かい、そして上手に
   枯れて、生涯を終える人が多い。(たまに例外もあるが)  ところが前出のジャズメンはどうだ。

   
みな、プレイの上で音数が増え、音色がよごれ、せっかちな、プレイの一瞬一瞬においても
   一つの音に深みを感じさせる方向へと、向かわないのだ。 例外はマイルズ・デイヴィス(tp)、
   セロニアス・モンク(p)、ジョー・パス(g)、トミー・フラナガン(p)、ポール・デスモンド(as),
    ジム・ホール(g・現役バリバリ)、同じく現役でがんばる私の30年来の
アイドル、ウエイン・ショーター(ts・ss), ウエス・モンゴメリー(g)、{ウェスの晩年は
             レコード会社の方針でポップ路線に向かわざるを得なかったが}等で、
       彼らは年齢を重ねてもプレイに悪い変化は感じられず、少なくとも公式なレコーディング上で
         汚点になるようなプレイは残していない。 「彼らは晩節を汚してはいない!」

       ちなみに、現在のジャズメンでうまく成熟してきていると思うのは、ピアノのシダー・ウォルトン
 とケニー・バロンであるが、二人ともいい曲をたくさん書いているという共通点がある。

  
    結論を急ごう。 アメリカの老人文化は、年輩の女性たちが、変に若づくりの派手な服や、色の
   ものを着たり、整形を繰り返したりすることからわかるように、若さや力へのコンプレックスが強く、
   老人独自の文化が未成熟で、自分と言う人間に自信が持てていない。 だから、プレイの場面に
   なると若いやつに負けまいとして、音数を増やしたり、大きい音を出そうとして、変に力んだりして、
   プレイに余裕もなくなり、人の心と体をうつ深い音が出せないのだ。 もちろん体力的なことも
   あって、マウス・ピースの空きを狭くしたり、リードを薄いものにしたり、エフェクターを多用したり、
   弦高を下げたり、弦の太さを細くしたりしなければ きつい、ということもある。
 それはよくわかる。
   でもそれでは、かつての輝いていた時代の音やプレイは永遠にもどってこない。
    ぜひこれからのジャズメンは、いい意味で頑固に、しかも引き際というものを心のどこかで
   考えながら演奏に完全燃焼していただきたいと思う。 いい演奏のCDならどんな事をしても
   買うつもりだから。

    また、これに関連したことだが、アメリカ文化には、常に新しいものに挑戦しないと、人間として
   低く見られると言う傾向もあることがあげられるのだが、これについては、またいつか。

   ふうー。 今回は力み気味の文になり、すいません。


       

   まずは、日本「アマゾン」に書いた「プロフィール」での自己紹介のコメントを。

自己紹介: JAZZ愛好家のナカーラです。あくまでも、ヒモ付きでなく、実際に身銭を使って買ったものしかレビューしないことをモットーに、貴重なお金を有効に使えるよう、正直な感想を書くつもりですので、お楽しみに。  ところで、最近のジャズのコンピレーションCDの氾濫と、10代の音楽家?への異常なメディアの持ち上げ、いかがなものでしょう。 また女性ピアニストの目に余るCDの多さも。  いずれも、売れさえすればという考えと、先物買い自慢を感じさせ、中にはいいものもありますが、何年かたって再び聴きたいと思うCDが、はたして何枚あるでしょうか。  ともあれ、新しく出てくるCDの中から、本当に愛聴できるものを探すのはたいへんですが、一生をかける価値はあると思っていますので、どうぞよろしく。 

  

  2003年11月23日


  上記のコメントから半月あまりたった今、少し付け加えたいことがあったので
、 以下に書いてみたい。

   * 売れ線ジャズを一概に否定できないのでは

    経営不振で、 ジャズ関係の会社が倒産したり、優秀なジャズ愛好家のプロ
   デューサーがリストラされたりしたら、内容の優れたジャズのCD(DVD)が発売
   されなくなり、やはりまずいよね。 もっともLPよりはCDの方が、制作費が安く
   上がるらしいけど。
     ブルーノートのアルフレッド・ライオンも黒人向けのソウル・タッチのシング
   ルを発売したり、ジャズ・ロック調の曲をLPの1曲目に持ってきたりしながら
   も、いい音楽をプロデュースし続けていたし。  でも、結局、他人に会社を
   売らざるを得なくなったけど。
       

 P.S. ところで、大事なことだと思うので書いておきます。
    私のホームページでは、下記のジャズについては、扱いませんので
    そのへんよろしく。

   * フリー系 (ほとんど手癖と反射運動)(フリーク・トーンに頼りすぎ)

   * クラッシックや現代音楽に色目を使ったようなジャズ(ECMの一部など)

     (余談だけど、ドライヴのきいた曲をやろうとして、マンフレッド・アイヒャーと
     意見の衝突の末ほされ、その後も冷たい仕打ちを受けた、ピアニストの
     リッチー・バイラークは本当にかわいそうだった。
     またまた余談だけど、ECMは買取値段が安いとのこと。)

     (でも、トリオ・レコードから出ていた頃のECMのLPは、当時ほとんど買って
     聴いていた。今はジョン・アバークロンビーやチック・コリア、パット・メスィーニの
     ものを除き、ほとんど聴き返していない。)

   * ウイントンらの、ジャズの本質からかけ離れた古典系ジャズ

   * キース・ジャレットの、トリオでスタンダードをやるようになってからのジャズ
     (ある日突然、彼の甘く、ひねくれた、ネバネバしたフレーズすべてが嫌いに
     なったので)

   * ビバップ以前のジャズ (一応、基本的な作品は聴いている) 

   * ボーカルとビッグ・バンドもの (ケニー・ランキンなど例外ももちろんあり)

     (どうも、表現過多の脂ぎった女性ボーカルは性に合わないので。)

     (ビッグ・バンドは嫌な思い出が多いし、音楽的にも、ベイシーやサド・メル、
     ギル・エヴァンズ、ジャコ・パストリアスのものを除いて、あまり私は評価していない。 
     体育会の体質が嫌いなこともあるが。)

   * とにかく乗りのよくないジャズ。 (私はフュージョンもいいものは好きだし、
     (4ビートだけのジャズなんてさびしすぎる上、飽きてしまう。)

   * スムース・ジャズと言われている類の音楽  (車の中で聴く分には、いいのかも
     しれないが、あいにく車に乗らないので。)
     (マシーンでは、なかなか体と心の両方がノれる、グルーヴ感は出せないね)

      最近は、フュージョン音楽のよさも(今まで不当なまでに貶められてきた)
     再認識され、名盤もどんどん再発されてきたようで、うれしい限り。

      でも、ほとんどLPで持っているので、購入には一思案。


                 


   2003年11月28日

    *  ジャズマンのプレイと人間性の関係は?  

      これを考える、いい本が、最近ジャズ批評社から発売された。

      「ジャズ・ジャイアンツの素顔」と言う題名で、この本は、
     彼がプロモーター(いわゆる呼び屋さん)として、70年代から
     多くのジャズメンを呼んで、日本でコンサートなどで演奏させた時の
     いろんな、その人のエピソードがわかるとても興味深い本である。

      ピーターソン、エリントン、ソニー・スティット、ブレイキー、ハービー・
     ハンコックその他全部で27名の(グループも含め)、あの人なら
     そうだろうなというのもあるが、まさかあの人がこんなことを、という
     エピソードも盛りだくさんで、とてもジャズ好きの私としては面白く
     読めた。
     
      「音も人なり」と言う言葉(こんな言葉あったかな?)通り、ミュージ
     シャンの出す音と、人となりを完全に分けて聴くことは、私にはやはり
     できないな。 性格や行動において問題のあるやつは、いくらその
     音楽が素晴らしくても、グループ内の人間関係を悪くするし、ジャズ
     という、最もその人の現在その瞬間に命を懸けざるをえない音楽では、
     演奏内容にも大きく影響するからね。
     
      とにかくジャズ・ジャイアンツの知られざるエピソード満載の、
著者、
     西蔭嘉樹氏のこの本、ジャズ・ファンはマスト・アイテム。
      ちなみに、ウディ・ショウ(tp)の最後の様子には言葉もないね。

     P.S.  でも、いいやつが音楽をやると、いいものができるとは限らないのが、
         ジャズ音楽の奥深いところかも。


                
            
                                    
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