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カインが宮廷へと戻っている間、ジルとデコーズの2人は
《恵みの館》を偵察する事にした。
2人がその建物の前に着くと、
朝だというのに、既に数人の人だかりができている。
「うわー、もう人が並んでますね」
「これじゃあ中の様子が見えんな。とはいえ、私達があの列に並ぶ訳に
も・・・」
デコーズは腕を組みながら、何やら考える仕草を始める。しばらく
すると、何かを思いついたようにキョロキョロと辺りを見回し始めた。
「何か思いついたんですか」
「ああ。ちょっとここで待っててくれるかな?」
デコーズはそう言うと、少し離れた路地裏の方へと歩き始めた。
見るとそこには、5人の柄の悪い男達が立っていた。
「なんか用かよ兄ちゃん」
彼らは近寄って来たデコーズに気づき、一斉に睨み付ける。
「ちょっと頼み事があるんだが、聞いてもらえないか」
そう言うとデコーズは、上着のポケットから金貨を1枚取り出した。
「おっおい・・・これ金貨だぜ」
「ああ、俺も初めて見た。兄さん、あんたもしかして貴族かい?」
男達はデコーズの手のひらの上の金貨に、目を見開いている。
この大陸の通貨は、一般的に紙幣が主流である。町で暮らす一般の者達の中
には、金貨などというものを生涯拝まないまま一生を終える者が多い。
なぜなら、その金貨1枚というのは、10万リルに相当するからだった。
「私は通りすがりの一般人さ。君達、これでちょっと仕事を引き受けて
くれないか」
デコーズがそう言うと、男達は顔を見合わせ大きく頷いた。
《恵みの館》の前には、先程から人が増え続けている。実際
考えてみると、この町にはこれほどまでに貧困に喘ぐ者達が溢れている
という事だろう。この光景はアランさんには見せたくないな、とジルは心の
中で呟いた。
しばらくすると、先程の5人の男達が建物の前に現れた。彼らは大きな怒鳴り声を
あげながら、並んでいる人ごみを押し分けて行く。
「おい、俺達にも金を恵んでくれよ。俺達だって貧しい一般人なんだからな」
「あの・・・でしたら、列の後ろにちゃんと並んで頂かねば・・・その後皆さんから
お話をお伺いして・・・」
女性の声だった。そして、大きな衝撃音や怒鳴り声が響き始める。
デコーズとジルはその様子を、路地の隅から見つめて
いた。どんどん大きくなっていくその騒動に、ジルは不安な顔を浮かべて
デコーズを見上げる。
「そろそろ行くかな。貴女はここで待っていたまえ。いくら強いと分かって
いても、男としては女性を危険に晒す訳にはいかないからね」
「えっ・・・でも・・・」
「大丈夫さ。基本的に、私という人間に不可能な事など、ほとんど有り得ない」
そう言うとデコーズは、優雅な足取りで騒動の輪の方へと歩いて
行った。
ちなみに、ジルがなぜこんなにも不安なのか、というと・・・デコーズが強いのか
弱いのか、彼女は全く知らないからであった。実際、カインとジルが剣の練習をし
ている時も、デコーズはただ眺めていただけである。誰に尋ねても、デコーズと
いう人間については皆、「頭が切れる」「参謀タイプ」などと言うので、
どちらかというと武道よりも頭脳派、という印象だった。
デコーズが輪に着くと、5人の男達が一般人を巻き込んで暴れていた。
一応、怪我をさせない程度には加減しているらしい。並んでいた者達の大
半は既に避難し、遠巻きからその騒動を見守っていた。彼らは、
壁を力いっぱい蹴りつけたり、椅子や机を床に投げつけたりと、なかなかの
演技っぷりである。《恵みの館》の者達は彼らを止める術もなく、
壊れて行く自分達の事務所を、茫然としながら見つめていた。
「やめたまえ、君達」
それは、完璧なシチュエーションとタイミングであった。
「なんだ、てめえは」
「お前達悪党に名乗るような名前などない!」
デコーズは目の前の男達をまっすぐに見据えた。
「ムカツク奴だな・・・おい、野郎ども!この優男をやっちまえ」
その掛け声と共に、男達が一斉にデコーズへと殴りかかる。心配になって
入り口の脇から覗いていたジルが、目を逸らそうとしたその瞬間だった。
ドシン、という大きな音が響く。
「っ・・・痛っ」
見ると、大男の1人が地面へと叩きつけられていた。意識は失っていない
ようだが、痛みで起き上がれずもがいている。
「なっ何しやがる!」
仲間の1人がやられてカッとした彼らは、全員で四方からデコーズを取り
囲み、一斉に殴りかかる。デコーズはそれを、無駄のない動作で
軽々とかわしていく。その姿は、まるで踊るように優雅だった。
『うわー、デコーズさんて凄い!』
ジルは目を輝かせながらその様子を見つめていた。金で雇ったとはいえ、
男達は既に、手加減なしの本気で掴みかかっている。そこそこ喧嘩慣れ
しているだろう者達5人がかりでも、このデコーズに一撃すら当てられないのだ。
そしてデコーズの方は、自分の体の1.2倍はあろう男達を次々に地面へと沈めていく。
しばらくして諦めた彼らは、デコーズに捨て台詞を吐き捨て、逃げるようにその場から
走り去って行った。
デコーズは男達が完全に立ち去ったのを見守ると、にっこりと笑みを浮かべて
振り向いた。
「大丈夫でしたか?」
「あっありがとうございます。本当に・・・何とお礼を言ったら良いか」
リーダーらしき女性が深々と頭を下げた。年は30半ば程であろう、どこ
か”母親”をイメージさせるような温かい雰囲気を纏っている。黒髪を後ろで
1つにまとめ、聖職者が着るような長い真っ白な着衣を身に着けている。
その隣には2人の男が立っていた。どちらも細面で、
腕っぷしには期待できなさそうな印象を与える。
「いえ、当然の事をしたまでですよ。それよりお怪我はありませんか、
皆さん」
デコーズは、ぐるりと事務所の中を見渡した。逃げ遅れた者達
もどうやら全員怪我はないようだ。
「それでは私はこれで」
デコーズはそう言うと、ヒラリと身をひるがえした。すると、後ろから声が
かかる。
「あの・・・良かったら、お茶でもお飲みになっていかれませんか。まだちゃんと
お礼も言っておりませんし・・・」
彼はその言葉に振り返り、にっこりと微笑む。
「それでは、お言葉に甘えまして」
まさに、デコーズのシナリオ通りの完璧な展開となった。
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