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「失礼します」
カインが扉を開くと、デコーズ・セドリックは優雅な動作で椅子から立
ち上がった。そしてカインの顔を見るや、整った眉をしかめた。
「貴様か、カイン。お前なんぞに用はない、陛下はどうしたんだ」
「ご体調がすぐれないので、代りに私が参りました」
「いらん! 出て行け」
「そうはいきません。大切なお客様を放ってはおけませんので」
「まあいい。ではお前が陛下の病室まで案内してくれ。せっかく5日もか
けて遠方から参ったのだ。お見舞いの言葉をお伝えせねば、ここまで来た意味が
ない」
デコーズは、満面の笑みを浮かべながら言った。
『この野郎、そんなウソ臭い言葉を並べても、魂胆はみえみえなんだよ』
カインは心の中で呟きながらも、負けじと満面の笑みで返した。
「申し訳ありませんが、陛下は数日前から風邪も患っておられまして。セ
ドリック殿の大切なお体に万が一の事があってはなりませんので、病室
へのご案内はいたし兼ねます」
「構わん。私は生まれてこの方、風邪などひいたことはないからな」
「なりません! 陛下の風邪は普通の風邪ではありませんから!」
「はて・・・・・・それはどんな風邪なのだ?」
さすがのカインも、このデコーズには大苦戦を強いられていた。
コンコン
「失礼します」
お茶をトレーに乗せて、使用人らしき少女が入室してきた。
「じっ・・・・・・おっお前!」
カインが驚いて目を丸くする。赤い髪に小柄な身長。お茶を運んで来た少女は、ジルであ
った。
「ちょっとこっちへ来い」
「え?」
カインに引っ張られて、二人は廊下へと出た。
「どうしてお前がお茶を運んで来てるんだ。他のメイド達はどうした?」
「えっと・・・・・・アランさんから頼まれたんです。メイドさん達から自分の事
がバレると困るから、セドリック様のお世話は僕に全て任せるって」
「・・・・・・それは分かったが、ではその格好は何なんだ?」
カインの視線に気がつき、ジルが真っ赤になる。彼女は膝よりも10センチ
は短いスカートに、レースのついた白いエプロン姿だった。ちなみにこれはアランの
趣味な訳ではないが、この王宮で働く使用人の制服である。
「えっとー・・・これは・・・・・・さっきお茶を淹れに給仕室へ行ったら、メイドさん達
に捕まって。そんな服装じゃダメだからって、この服に着替えさせられた
んです・・・・・・」
メイド達の面白がる姿が目に浮かび、カインは大きなため息をついた。
「へっ変ですよね? ああっ、絶対アランさんに見られませんようにー・・・・・・」
泣きそうな顔でジルが顔を上げる。カインは彼女の頭にポンと手を置くと
優しく微笑んだ。
「バーカ、似合ってるよ。たぶんウチのメイド達の中じゃダントツで可愛い
ぜ?」
その言葉にジルは、髪の色よりも真っ赤になった。
『でもまあ、正直な話ホントに可愛いんだよな、こいつ』
うんうん、とカインが頷く。
「おい、いつまで待たせる気だ」
部屋からの声に二人はハッとすると、慌てて中へと戻って行った。
ジルは、ティーポットからカップへと温かいお茶を注いだ。コポコポと
心地よい音が部屋に響き渡る。
「どっどうぞ」
カップをデコーズの前に差し出した時だった。突然腕を引き寄せられ、ジ
ルは驚いてカップをひっくり返した。湯気の立っていたお茶が手にかかり、
小さな悲鳴をあげる。
「おい、貴様! ジルに何しやがる」
敬語も忘れてカインが叫んだ。デコーズはそれに全く気にした様子もなく
熱におかされたかのように、ぼんやりとジルを見つめていた。
「あっあの・・・・・・足、熱いのでは・・・・・・」
ジルが心配そうに尋ねる。見ると、こぼれたお茶がデコーズのズボンにも
かかっていた。それでも彼はジルの手を握りしめたまま放さない。
「ったく何だってんだよ・・・・・・」
カインはブツブツ言いながら、呪文を唱え始めた。
ポウッと温かい真っ白な光がジルとデコーズを包み込むと、瞬く間に傷が
癒されていった。
「ああカイン君、ご苦労」
「おい! 殺すぞデコーズ」
カインは完全にぶち切れている。ジルはすでに涙目になっていた。
「私の女神・・・・・・」
「は?」
カインとジルの二人が同時に声を上げた。デコーズは右手でジルの顎を
引き上げると、彼女の頬に軽く口付けた。ジルは声を失ったまま凍りつく。
カインに至っては、口をあんぐりと開けたまま静止していた。
「その透明な美しい瞳、思わず引き寄せられるふっくらとした唇、雪のよ
うに真っ白な肌、上質な絹糸のような髪・・・・・・ああっなんて美しいんだろう。
まるで女神のようだ」
どうやら本気で言っているらしい。デコーズは、うっとりとジルに見入って
いた。
「そして、この足・・・・・・なんてすらりと長いんだ」
デコーズの手がジルの足に触れる。短いスカートでしゃがんでいる為、
根元近くまで捲くれ上がっており、その手が段々と足の付け根の方へと
移動してきた。
「あっ」
たまらずジルが声を漏らすと、カインが我に返って立ち上がった。
「おい、放せ! この変態野郎!」
デコーズの手を払いのけると、彼の胸倉を掴んで睨み付けた。その隙に、
ジルは数歩後ろへ後退した。
「フッフッフッ」
デコーズは突然笑い声を上げた。
「陛下の事は引き下がろう。もはや王座の事など私にはどうでも良い」
「なっ何だって?」
カインは目の前の男の突然の言葉に、掴んだ手を放した。すると、デコー
ズはジルの方を振り返り、右手を胸の前に当てると体を折った。
「私は、北の領主でデコーズ・セドリックと申します。お嬢さん、貴女の
お名前を教えて下さらぬか。」
「はっはい。ジェラルディン・ローランズといいますけど・・・・・・」
「なんと美しい名前だろう。貴女にこそ相応しい」
そう言うと、スッとジルの右手を持ち上げ、その甲に軽く口付ける。
『ひいっ』
ジルは心の中で悲鳴を上げた。
「この私が今の今まで妻を娶らなかったのは、貴女に出会う為だったのでし
ょう。今日ここで貴女と出会い、その運命を感じました」
「どうかこの私と結婚してください」
「ええっ―――! 結婚!」
しばしの沈黙が流れた後、ジルとカインが同時に叫んだ。
「おっおい、一応言っておくが!こいつは貴族でもなければメイドでもない。
昨日拾ったばかりで、ただの田舎者のガキだぞ」
「ですから、拾われた覚えはありませんてば・・・・・・」
この状況下にも関わらず、ジルが小さく反論する。
「ああ、気にするな。身分の差などこの大いなる愛の前には何の障害にも
なり得ない。この私が、生涯かけて貴女を幸せにします」
「あっあの!」
「なんだい? プロポーズの返事なら急がないよ。私は君からOKの返事をも
らえるまで、しばらくこの城に滞在する事に決めたから」
その言葉を聞いても、カインは既に戦う気力を失い、遠い目で窓の外を見つ
めていた。
「さっき王座は諦めたって言いましたよね。ということは、狙ってたんですか」
「ん? ああ、それはもうどうでもいい事さ。私の最大の目的は、国王の座に
就き、その権力で世界各国の美女を集めたハーレムを築くことだったのだか
らね。君が手に入るのならば、そんな小さな夢などには、もはや興味もない」
デコーズは、真剣な顔でとんでもない事を言った。
「じゃあなんだ! お前はハーレムを作るためだけに王になりたかったのか」
「その通りだが、何か悪いか?」
あまりに悲しさに、カインは床へと倒れこんだ・・・・・・。
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