悪魔に願いを
○●第4話●○







第4話 少女マンガの鉄則とは

* * *



「沙夜ちゃん、おっはよー!」
 朝の8時を回った頃、2年A組の教室に一際元気な声が響き渡る。
 笑顔で駆け寄ってきたその少女は、沙夜の隣りの席に腰掛けた。
「おはよう、有希」
 声の主、沢田 有希(サワダ ユキ)は、沙夜のクラスメートであり、彼女にとって 1番の友達でもある。ショートの髪に小柄な身長。容姿や成績は平均的だが、 持ち前の明るい性格で友達も多い。ほとんど沙夜とは対照的なのだが、 なぜだか2人はとても仲が良い。
 有希に言わせると、沙夜は「かなり面白い人」らしい。 彼女はすでに地の沙夜を知っている。その為、完璧な才女を演じている時の沙夜と、地の 時の沙夜とのギャップが可笑しくてたまらないのだとか。

「沙夜、聞いて聞いて!」
 有希は堪えられない、という表情で沙夜に詰め寄る。
「今日、2年に編入生が来るらしいよ!」
「……ふーん」
 目を輝かせて話す有希とは逆に、沙夜は興味なさそうな返事を返す。彼女は基本的に、噂話などの類には全く興味がない。
「ふーんって何? 普通の女子高生は、編入生が来ると聞けば興味持つもんですよー」
「どうでもいいよ。他人に興味なんてないし」
 2人の周囲に人がいないのを確認し、沙夜は本音を口にする。 普段の学校内での沙夜しか知らない者が聞いたら、目を丸くするような言葉だろう。
「何だかなぁ。そんな冷めた女の子はモテないんだぞ」
「迷惑すぎるぐらいモテております」
 そう言うと沙夜は、うんざりした表情を浮かべ、指を5本広げた。

 今時、下駄箱や机にラブレターなる古風なものを入れる男子がいる事自体、 沙夜は不思議でたまらないのだが。
 好きなら直接本人言えばいいのに。顔の知らない相手から 貰った手紙など、気持ち悪くて読む気さえも起こらない。もっとも、直接 言われた場合は、断る言い訳を考えるのが面倒なので、やはりどちらも勘弁して 欲しいのだが。

「今日は5通? 相変わらず無駄にモテるねー。こんな外面だけいい女のどこがいいんだか。絶対にこの有希さんの方が、彼女にするには最適だと思うぞ」
「高校生の男子ごときじゃ、女の中身までは分からないもんよ」
「まっ、あたしにはテッちゃんがいるからいいんだけどね」
 そう言うと有希は、入口に立つ男子のグループをチラリと見た。金木 哲(カネキ サトシ)は2人の視線など気付かず、友達との話に夢中になっている。

 金木は決して男前という訳ではないが、明るくて人当たりもいい。部活は テニス部の副部長を務めている。
 同じクラスの有希と金木は、今年に入ってから付き合い始めたばかりだ。学校内での有希と金木は、お互いの友達を優先するため、殆ど一緒にいる事がない。同じクラスの中には、2人が付き合っている事さえ知らない者もいるだろう。

 有希はすぐに隣りの席の沙夜に視線を戻す。
「それだけモテるんだから、沙夜もそろそろ彼氏ぐらい作ったら?」
「わたしの理想通りの男が現れたらね」
「その理想、絶対に無理だって。そんな男、水沢先輩ぐら…………ご、ごめん!」
 有希はしまったという表情で口を塞ぐ。沙夜の方は別に気にした様子はない。
「沙夜に好きな人ができたら、応援するからね。いらないと言われても、 絶対に協力するから」
「頼りにしてるよ」
 沙夜はありがとう、と微笑む。同性の有希でさえも見惚れるほどの、綺麗な笑顔で。
 そこで予鈴のチャイムが鳴った。
 香陵高校生徒会長、一之瀬綾が教室に駆け込んで来たのは、その1分後の事だった。


 担任の教師が教室に入ってくると、騒がしかった生徒達は一斉に席についた。この学校は基本的に優等生が集まる為、教師の手を煩わせる事も殆ど無い。
「出席を取るぞー」
 A組の担任の横山は、無駄に大きな声を張り上げる。彼はどちらかというと 熱血タイプの教師である。年は35歳、独身。教科は意外な事に数学。 角刈りにした頭とがっちりとした体格。沙夜にとっては、生理的に受け付けないタイプでもある。
 その時、隣りのB組の教室から大きな歓声が鳴り響いてきた。何事だろうかと、A組の生徒達はザワザワと騒ぎ出す。
「ああ、今日から隣りのクラスに編入生が入ったからだな」
 『編入生』という言葉に、A組のざわめきも大きくなる。県下一の進学校であるこの高校に編入生が入る事自体、かなり珍しい。なぜなら、この高校の編入試験というのは、恐ろしい程に難しいからだ。
「一之瀬、清都」
 名前を呼ばれ、2人は何事かと顔を上げる。
(大体、何でいつも綾の方が先に名前を呼ばれるのよ……)
 沙夜は心の中で舌打ちする。
 一之瀬、清都……呼ばれる順番は、決まって綾の方が先だ。とりあえず毎回、あ行とか行の差なんだと自分を納得させる。成績順、人気順、などと絶対に認めたりはしないのが清都の強いところだ。
「今度隣りのクラスに入った編入生は、編入試験で全教科満点を出したそうだ。我が校始まって以来の天才かもしれん。お前達もうかうかしてられんぞ」
 「満点」「天才」という言葉に、一同がワッと声を上げる。
「ライバルがいた方が、私もやる気が沸きます」
 そう言うと一之瀬綾は、表情の読めない笑みを浮かべた。
(何よそのセリフ! まるで、わたしなんかライバルじゃないって事じゃない)
「それは頼もしいな。一之瀬、期待しているぞ。清都、お前も頑張れよ」
 担任の教師は満足そうに頷いた。沙夜は机の下で拳を握り締め、必死に怒りを押さえる。彼女の様子に気付いたのか、有希が心配そうな表情で視線を送ってきた。

「先生、編入生って男ですか女ですか?」
 後ろの席の男子生徒が手を上げて質問する。
「残念ながら男だ。なかなかの男前だぞ、俺にはちょっと劣るけどな」
 そう言うと横山は、大きな笑い声を上げた。クラス内が一斉に静まり返る。
「男前だって。しかも天才なんでしょ。沙夜ちゃん、チャンスじゃない?」
 隣りの席の有希が、小声で囁く。
「そう、編入生という言葉ですぐに気がつくべきだったのよ。この私ともあろう者が、すぐに気付かないなんて迂闊だったわ」
 沙夜の言葉の意味が分からず、有希は不思議そうに首をかしげる。

 ――――じゃあな。また後で会おう

 今日の朝、彼が去り際に言った言葉だ。そして、彼が真剣に読んでいた 少女マンガ。全てが繋がる。
(行動パターンがベタすぎるわよ、あの悪魔!)
 いつの間に編入試験など受けたのだろうか。そう思いながら、沙夜は小さくため息をついた。





 次の休み時間になった途端、A組の女子の殆どが隣りのクラスへと駆け出した。
「沙夜、あたしらも行こ!」
 有希は目を輝かせて沙夜の手を引っ張る。
「絶対イヤ」
「行こうってば。何でそんなに落ち着いてんのよ。若くないなー」
「何と言われようとも行かないわよ」
 沙夜の意志は固い。有希は不満そうに口を尖らす。
「じゃあ綾ちゃん、一緒に見に行こー」
 有希はくるりと後ろを振り返った。
「ん? ごめん、私も興味ないわ」
 2人の席の2列後ろに座る一之瀬綾は、必死に欠伸をかみ殺している。 恐らく昨日は撮影があったのだろう。
 いつもモデルの男性達を飽きるほど見ている彼女にとっては、編入生などあまり興味のない対象なのかもしれない。それに、水沢という学校一の彼氏もいるのだから。
「冷めてるんだよなー、2人とも」
 有希は呆れた表情で立ち上がった。諦めて1人で見に行くつもりらしい。
「いい男だったら、後で教えて」
 そう言うと綾は、眠そうに手を振った。有希はもう一度だけ沙夜を振り向くが、 彼女はすでに次の授業の準備を始めている。
 有希は大きくため息をつくと、自分の席に座り直した。2人の対応のせいで、すっかり冷めてしまったのだろう。
 廊下からは相変わらず、女子生徒達の騒がしい声が鳴り響いている。

 しばらくすると、隣りのクラスに見に行った数名が帰って来た。
「凄い格好良いの! モデル……ううん、そんな次元じゃないよ」
「身長も高いよね。絶対180センチは超えてるよ」
「頭もいいんでしょ。なんていうか……完璧?」
 彼女達は興奮しながら、見に行かなかったクラスメート達に説明している。
  彼女達の様子を横目に見ながら、男子達は面白くなさそうだ。当然だろう。今まで この学年には、これといって目立つ男はいなかったのだから。
「凄いねぇ、もしかしたら水沢先輩より格好良いかもよ?」
 有希は身を乗り出し、沙夜の耳元に囁く。
(まあ、顔だけならね……)





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