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第1話 その本、『悪魔に願いを』 * * * ある日彼女は、学校の図書館で一冊の本を見つけた。 古びてはいるが高価そうな装丁。何よりも、怪しげな そのタイトルに惹かれ、恐る恐る手に取った。 その本のタイトルは―――『悪魔に願いを』 時計が午前0時へと変わる瞬間。彼女はA3のコピー用紙の裏に、ボールペンで 書いた魔方陣の 上で、やたらと長い怪しげな呪文を唱えていた。 「―――――――悪魔の使者よ、我のもとに来たれ」 その呪文は本当に長かった。全ての呪文を唱え終えた時には、彼女…… 清都 沙夜(キヨト サヤ)の息が上がっていたぐらい なのだから……。 「って、現れるわけないか。そもそも、悪魔なんている筈もないのに」 沙夜は小さく吹き出す。 ごく普通の女子高生である自分は、幽霊や悪魔なんて全く信じてはいない。ただ、この 古びた本に書かれていた一文が気になっただけ。 「悪魔を召喚せよ。汝の願いは必ず叶う……か」 彼女はパタンと本を閉じ、ベッドに寝転がった。 時計はすでに0時を回っている。いつもならば、とっくに眠っている時間だった。 沙夜は大きな欠伸をした後、枕もとのライトを消そうと手を伸ばした。 その時だった。 「願いを言ってみろ、俺が叶えてやろう」 この部屋には今、自分以外は誰も居ないはず。まさか、と彼女は半身を起こした。次の 瞬間、大きく目を見開く。 「……っ!」 つい先ほど自分が書いた魔方陣の上に、1人の男が立っていた。 年は20歳ぐらいだろうか。身長は軽く180センチはある。 膝下まである黒いロングコートのような上着、同色のズボン。黒いブーツ。 適当な長さに切られた髪も、切れ長の両目の色も黒。ただし、肌の色だけが驚くほど白い。 顔立ちは、異様な程に整っている。彼女は今まで、これほどまでに綺麗な男を 見た事がなかった。 「しかし、これは酷い。こんな紙切れに描いた魔方陣で悪魔を呼び出せた奴は、 恐らくお前が初めてだろうな」 彼の一言に、沙夜はハッと我に返った。 「な、何よ! あなた本当に悪魔なの?」 「他に何に見えるというのだ」 男は自信たっぷりに笑みを浮かべる。 「あなたのその態度、ちょっとムカつくわ……」 「あぁ?」 「まあいいわ。願いを叶えてくれるんでしょ。で、もちろんタダなんでしょ?」 沙夜の言葉に、男は小さく笑い出す。 「甘いな。この世の中、どこにタダで願いを叶えてくれる奴がいる」 「そうだと思ったわ。代償は、私の寿命? それとも魂?」 沙夜に動じた様子は無い。その様子が気に入ったのか、男は目を細める。 「通常ならば、その者が寿命を終えた時に魂を頂く事になっている。 せっかく願いが叶ってもすぐに死ぬのでは、契約する意味がないだろう?」 「よく考えると、それもそうよね。とりあえず、私はあなたと契約しても寿命までは生きられるって わけね」 「その通りだ」 (だとしたら、結構お得よね。願いを叶えてもらっても、死ぬまでは関係ないんだから) 沙夜の考えを読んだのか、男がニヤリと口元を歪める。 悪魔に捧げた魂は、二度と再生する事はない。永遠に悪魔の僕となる。 あえて契約の際に告げる事はしない。これを聞けば、気が変わる者も出てくるからだ。 「さあ、お前の願いを言え。この俺に叶えられない事など何一つない」 沙夜は小さく頷くと、真っ直ぐに悪魔を見据える。 「わたし、彼氏が欲しいの!」 「……あぁ?」 彼女の言葉に、悪魔は思わずポカンと口を開く。無理も無い。数千年もの間、 幾人もの人間の願いを叶えてきた彼でさえ、聞いた事の無い馬鹿げた願いだったのだから。 「何よ、何か変な事言った?」 「いや、構わんが。お前の願いは、恋人が欲しい……ただそれだけか?」 悪魔は呆気にとられた顔で尋ねる。沙夜はそれに、大きく頷いた。 「ただの彼氏じゃ駄目よ。顔はもちろん超美形。身長はそうねぇ、180センチは欲しいわね。 わたし、ただでさえ普通の女の子より高いんだもの。家はお金持ちで、勉強ができて…… わたしにだけやさしい人! これだけ揃えば完璧よ」 言い終えると、沙夜はうっとりと目を瞑った。 「わたしも来月で17歳。彼氏が欲しいのは当たり前じゃない」 「その容姿なら、恋人の1人ぐらい自力で見つけられると思うが……」 「まあね。でも、普通の男じゃ意味がないのよ。わたしは誰よりも理想が高いんだから」 沙夜はキッパリと言い切った。 「……魂はいらん。その程度の願いで人間の魂を貰ったとあっては、悪魔の恥だからな」 「その程度って何よ!」 「だから、タダで叶えてやると言っているのだが」 「ホント?」 彼女は態度をころりと変え、満面の笑みを浮かべる。悪魔はやれやれ、とため息をついた。 (この俺を惹きつける程の、恐ろしく強い魂の持ち主だというのに) 「身長が180以上、金持ちで頭が良くて、おまけに顔がいい……」 悪魔はブツブツと呟く。 彼の横でキラキラと目を輝かせている沙夜は、「やさしい」の一言が抜けている事に 気が付いていなかった。 やがて、悪魔は思いついたように顔を上げた。そして何を思ったか、自身を指差す。 「そのような男は、この世に1人しかいない。この俺しかな」 「はぁ?」 沙夜はこの上なく間抜けな顔を浮かべる。 「俺よりも顔が良くて、俺よりも頭が良く、俺よりも金のある男など他にいる筈がないだろう。 願いは完璧な形で叶えなければ気がすまんからな。前例は聞いた事がないが、 俺がお前の恋人になってやろう」 「ち、ちょっと待って! あなたって悪魔なんでしょ。わたしが欲しいのは、人間の 恋人なんだけど……」 「細かい事は気にするな。どうせ俺よりイイ男など、人間にいる筈がない」 彼の目は、真面目そのものだった。沙夜はブルブルと首を振り続ける。 「なんだ、この俺が不満だとでも言うのか? そんな筈はないだろう。悪魔の中で最も優秀 、女に不自由した事もないこの俺が、お前如き人間のものになってやろうというのに」 「……いや、でもわたしは」 言いかけて、言葉を飲み込む。男は凍りつくような目で彼女を睨み付けていた。 「いいな? 契約成立だ」 「……はい」 沙夜は消え入るような声で答えた。悪魔は満足そうに頷くと、ベッドの上に置かれた 本を拾い上げる。 「しばしの別れだ。1度むこうに戻って契約の手続きをしてから戻って来る。 そうだな、明日の晩には戻れるだろう」 「はぁ……お気をつけて」 「またな。俺が戻って来るまで、楽しみに待っていろ」 そう言うと悪魔は、フッとその場から消えた。 部屋の中に静寂が戻って来る。そこには初めから誰もいなかったかのように。 「寝よう。たぶん今のは夢だと思う」 沙夜は1人呟くと、ベッドにもぐりこんだ。 これは夢。きっと朝になれば、いつもの生活が始まるはずだから。 2人が再び出会うのは、およそ20時間後の出来事となる…… |