白い森
○●第7話●○






* * *



 赤と金、2つの力は激しい衝突を繰り返していた。
 凄まじい爆音と振動。 100メートル以上も離れたフィリア達にも、その力の余波は及んでいた。
「・・・・・・」
 アーロンはぼんやりとした意識の中、ゆっくりと目を開いた。 視界は眩い金糸で塞がれている。 続いて目の前に飛び込んできたのは、愛しい少女の顔だった。
「フィリア・・・・・・?」
「気がつかれたんですね、良かった・・・・・・」
 フィリアは額に汗を浮かべながら、穏やかに微笑む。 それは、心の底からの安堵の表情だった。
 見ると、2人の周りを結界のような白い光が覆っている。
( これは・・・・・・聖なる乙女の力? )
 アーロンは、ハッと身を起こした。爆風と衝撃・・・・・・彼女が壁となって、それらから自分を守って くれているのだ。 そして、生身でこれらの衝撃を堪えようとすれば、彼らは一瞬で消し飛んでしまうのだろう。
 その時、ひと際大きな衝撃の余波が飛び込んできた。
「キャアッ」
 フィリアの背中が大きく反り返った。彼女は美しいその顔を、痛みに歪める。
「フィリア!」
 アーロンは咄嗟に手を伸ばし、両手で彼女の身体を支える。細い・・・細い肩だった。 聖なる乙女である事を除けば、彼女はまだ16歳の少女。この小さな体で、 アーロンと自分の身を必至に守っているのだ。
 フィリアは遠のきかけた意識を、ぐっと堪える。まだこんなところで倒れる訳にはいかなかった。
( でも、このままでは・・・・・・ )

「ごめんごめん、待たせたかな」
 突然の声と共に、2人の全身を襲う衝撃がフッと掻き消える。代わりに、黄金色のドーム状の 結界が、彼らの周りを包み込んでいた。
「ジェガールさん!」
 その場に現われたのは、ジェガールだった。
 彼は、いつのもの人懐こい笑みは浮かべて いない。真剣な表情で、クラウスとランシスを見つめている。
 先ほどから目を背けていたフィリアも、クラウスとランシスに視線を伸ばした。
「初めて見たな・・・・・・」
「え?」
「あの2人が、本気で闘う姿だよ。ランシスはともかく、クラウスの方が本気で力を ぶつける姿なんて、僕は一度も見た事がない」
「本気で・・・・・・」
 クラウスの顔に浮かんでいるのは、激しい怒りと憎しみ。そして、彼を取り巻く赤い光は深い・・・深い濃赤。フィリアは、これ程までに深い赤を今まで見た事がなかった。
 ジェガールは、惹きこまれるようにその光景を見つめている。
「フィリア、その男性は?」
 背後からアーロンが尋ねる。彼は、ジェガールと対面するのは初めてだった。
 人間には有り得ない色彩、赤い髪と金色の瞳。恐ろしい程に整った美貌、 そして圧倒的な存在感・・・・・・恐怖。訊ねるまでもない。彼もまた、魔族の一人だろう。
 アーロンは恐怖を振り切るように、グッと唇を結ぶ。そして真っ直ぐにジェガールを見据えた。
「僕を見ても恐れないか。人間とはいえ、さすがは王家だな」
 ジェガールは小さく笑う。しかしそれは、いつもの人懐こい笑みとは違う。 嘲笑うかのような冷たい笑みだった。
「この状況を作ったのは、君の責任だよ。分かっているんだろうね?」
「ジェガールさん!」
 思わずフィリアが声を上げる。
「私の・・・・・・?」
 アーロンは不思議そうに聞き返す。訳が分からない、という表情を浮かべて。
「全ては君が、お嬢ちゃんを神殿から連れ出したせいだって言ってるんだ。 君の仲間が全員死んだのも、森がこんな姿になったのも、あの2人が今闘っているのも・・・・・・ そして、お嬢ちゃんがこんな悲しい表情を浮かべているのもだ」
「何を言っている。私は、あの魔族からフィリアを救おうとして・・・・・・」
 言いかけて、アーロンはハッと言葉を止めた。目の前の青年の凍りつくような視線に、身体が小さく震え出す。
「お前を殺したところで、あの2人の闘いは止まらん。お前の命など、何の価値もないからな」
「しかし、私の聞いた話では・・・・・・クラウスという魔族は、聖なる乙女を殺して神殿を破壊する つもりだと。その為に、フィリアを騙しているのだと・・・・・・」
「そんな事、ある筈がないじゃない! 彼が・・・クラウスが私をどれだけ大切に想っているか、 私が1番良く分かっているわ!」
 声を張り上げたのはフィリアだった。
「そんな・・・・・・魔族が人間を愛するなどと・・・・・・」
「お嬢ちゃんの言うとおりだ。あいつは同胞を裏切ってまで、彼女の側にいる事を選んだんだ。 あいつは心からお嬢ちゃんを愛している」
 目の前の青年の表情は、真剣なものだった。魔族の感情は分からない。 だが彼が嘘をついているとは、到底思えなかった。

( 母上は、息子である私を騙したというのか・・・・・・ )

 もしかしたら自分は、あの時の母の表情や言葉が全て偽りであった事を、 心のどこかでは気付いていたのかもしれない。 母親を信じたい、その一心で。いや、それ以上に、クラウスとフィリアの関係を認めたくは 無かったのだ。自分以外の誰かが、彼女の心の中にいるという事実を―――。
 母親は、その心を利用したのだ。だが、彼女の言葉に騙されて行動を起こしたのは、 自分の意思。責められるべきは、己自身なのだ。
 アーロンは愕然とした表情で、地面に崩れ落ちた。

「すまない・・・・・・フィリア・・・・・・」
 消え入るような、小さな声だった。彼女はそれには答えない。
 フィリアは彼を責める事など、できる筈がないのだ。
 全ての始まりは、自分がクラウスと出会った事から始まったのだから。いや、それ以前に 自分が生まれた事から・・・・・・。
 頭の上に、優しく大きな手が添えられる。 フィリアがゆっくり顔を上げると、ジェガールが優しく微笑んでいた。
「僕は感謝している、君とクラウス・・・2人が出会えた事を。2人が出会ったのは偶然な んかじゃない、運命だったんだってね」
「ジェガールさん・・・・・・」
 彼の言葉にフィリアは頷くと、再びクラウスとランシスに視線を戻した。


 壮絶なまでの、力と力の衝突は続いていた。美しかった森は、半径数百メートルが消し飛んでいる。 今その場にいるのは、鏡に向かい合っているかのような同じ容姿を持つ2人の青年のみ。
 闘いの終わりはもうすぐだった。
 赤い光が金の光を飲み込んでいく。突然、眩い閃光が輝き、フィリアは咄嗟に目を閉じた。
「終わったみたいだな」
 ジェガールの呟きに、フィリアはゆっくりと目を開いた。
 ランシスは地面に倒れていた。息はあるのだろうか?  瞳は固く閉じられ、漆黒の髪は無造作に広がっている。
 クラウスは彼の足元に立っていた。下を向いている為、その表情は見えない。
「クラウス―――!」
 フィリアがその名を呼ぶと、彼はゆっくりと振り返った。視線の先に愛しい少女の姿をとらえ、 クラウスは穏やかに微笑む。

 それは、一瞬の出来事だった。
一筋の光がクラウスの胸を貫いた。 彼の体は、スローモーションのように倒れていく。 空中に血の軌跡を描きながら―――。
 ジェガールが駆け出す。
 フィリアは何が起こったのか分からない・・・・・・という表情を浮かべ、茫然と立ちすくんでいた。
     
     


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