白い森
○●第7話●○






* * *



「俺は、貴様を兄だなどと思った事はない」
 クラウスは苦々しい表情で呟いた。それを聞いたランシスの表情は変わらない。
「今までは貴様が俺に何をしようとも、どうでも良かった。だが、今初めてお前を本気で殺したい と願っている」
 クラウスは、真っ直ぐにランシスを見据えた。その顔に浮かんでいるのは、 憎しみ。そして、どこか悲しげにも見える。
 すると、ランシスは声を上げて笑い出した。
「何がおかしい?」
「いや、不思議だと思ってな。この数百年、お前は何を言われても何をされても、 ただの1度も感情を表に出した事がなかったというのに。それが今、人間の娘1人の為に、 ようやく本当の心を見せてくれたんだからな」
「俺はフィリアに出会って、初めて《愛しい》という感情を知った。 あいつが俺に、心を与えてくれたんだ」
 そう言うとクラウスは、穏やかに微笑んだ。愛しい者を想う、優しい 笑み。
 初めて見るクラウスのその笑みに、ランシスは目を見開いた。
「そのような表情・・・・・・俺の知るクラウスではない・・・・・・」
「それと同じセリフを、レイスにも言われたな」
「あんな女と一緒にするな!」
 ランシスは声を張り上げた。後方で2人を見つめていたフィリアは、ビクリと体を強張らせる。
「私がお前とあの娘を殺す」
「フィリアは必ず俺が守る。貴様には指一本触れさせん」
 2人はお互いに数歩後ずさった。そして静かにお互いを見据える。
「クラウス、お前は初めて本気で私に向かって来る。待ち望んでいたよ」
「貴様を生かしておけば、必ずまたあいつの 命を狙うだろう。あいつを守る為に、俺はもう迷わない。この場で貴様を殺す」
 クラウスの全身を、赤い光が包み込む。それはまるで、燃え盛る炎のように鮮やかだった。 向かい合うランシスの全身を、今度は黄金の光が包み込む。それは直視できない程の、眩い 光だった。
 赤と金・・・・・・光の先端が、僅かに混ざり合っている。

 静まり返った空間。気がつくと、木々を揺らす風さえも止まっていた。
 向かい合う2人は、まるで鏡に映し出されたかのように似すぎている。 誰が見ても、この2人が兄弟だと一目で分かるだろう。それなのに2人がお互いを見つめる 瞳は、凍りつくように冷たい。 しかしそれは、思わず目を奪われる程の、美しい・・・美しい光景だった。
「クラウス・・・・・・どうして・・・・・・」
 フィリアは呟いていた。
 実の兄と弟、2人がなぜ争わなければならないのか。
 ランシスは、クラウスを心から愛し、彼の心が手に入らないから憎むのだと言った。
 自分には、彼の想いは分からない。だが、以前出会ったレイスという魔族の女性を思い出す。
 彼女は願った。狂おしい程に愛しても決して手に届かないのならば、いっそ愛する者の手で殺されたい・・・・・・ と。そして、その願いが果たされた時、彼女の表情はとても穏やかだった。
 もしかすると、ランシスも彼女と同じなのだろうか―――?
( 駄目だよ・・・・・・こんなの )
 声にならない呟き。
( どんな理由があったとしても、肉親同士で殺し合うなんて )


* * *


 そこは、深い・・・深い暗闇だった。静寂と終りのない闇だけが広がっている。他には何も存在しない。
「驚きましたよ、わざわざ空間まで移動するとは」
 ポウ、と青い光が灯る。それはゆっくりと人の姿を形作っていく。
 青白い光を纏った青年、ナイルは無表情に目の前の空間を見つめていた。
「最近知ったんだよなー。人間の住む世界ってのは、なかなか綺麗なんだぜ? 破壊しちゃ 勿体無いだろーが」
 ナイルの視線の先・・・・・・闇の中で、今度は金色の光が灯る。
 燃えるような赤い髪と黄金の瞳。ジェガールは、あどけない子供のような笑みを浮かべている。
 向かい合う2人は、息をのむ程に美しい。
 しかし纏う色のせいだろうか、それとも彼らの強さの差なのだろうか。 金色の光を纏うジェガールの方が、ナイルよりもずっと艶やかだった。
「あなたの口から、まさかそんな言葉が出るとは。笑えば良いのでしょうか、 それとも驚くべきなんでしょうか」
 ナイルの言葉に、ジェガールは鼻を鳴らす。
「しかし、お前は変わらないなー。昔から、どうも癇に障る」
「それは光栄です。実は私も、あなたの事が昔から苦手なんですよ」
「へぇー、それは初耳」
 そう言うとジェガールは、心底楽しそうに笑い出した。耐え切れない、というように 腹をよじらせながら。
 彼のその様子に、今までずっと無表情だったナイルが眉をしかめる。
「何をそんなに笑っている」
「いやあ、ごめんごめん。どうも最近、可笑しい事が多くてなー。つい、 笑い癖ができちまった」
 言い終えるとジェガールは、自身の顔を右手で覆った。必死に笑いを堪えているのか、 その手は小さく震えている。
 その手をゆっくりと離した時、彼の顔からは笑みが消え去っていた。 代わりに、凍りつくような冷ややかな双眸で、目の前のナイルを見据える。
 ナイルは、わずかに体を強張らせた。
 それを見透かしてか、ジェガールは口元を歪ませる。
「少しは楽しませてくれよ? 僕は退屈が何よりも嫌いなんだからね」
     
     


* * *





TOP>> NEXT>>