白い森
○●第6話●○






* * *


 離宮―――――
 そこは四方を美しい庭園で囲まれた、小さな宮殿である。外観は白を基調とした、 女性的な建築・・・・・・そして、内部は王宮ほどではないが、豪華で美しい装飾で彩られている。

 離宮とは本来、次期国王となる皇太子夫妻が住まう場所である。 ディランが国王となってからは、10年近く使われていなかった。
 しかし数週間前から、王妃テレアと息子のヒースが移り住んでいた。 彼女は数名の使用人を引き連れて、この離宮に引きこもってしまったのだ。
 もう1人の息子、アーロンはここには居ない。彼は自分なりの考えを持って、父の側に残る事を決めたのだ。

 離宮の応接間には今、ラングラー将軍が訪れていた。
「準備は整いました。集めた傭兵の数は50人。金さえ貰えれば、何でもするような連中です。彼らにはこちらの素性がばれない様、十分な注意を払っていますから、ご安心ください」
「でも、たったの50人で足りるのかしら? 神殿には神官兵と、レインズの息子が連れて行った騎士達もいるのでしょう。失敗があっては困るのよ?」
 テレアの声は冷静だった。
「ご心配には及びません。私の有能な部下も、20名同行させる事にしましたから。剣の腕も忠誠も確かな者ばかりです」
「そう・・・・・・」
 テレアは不安げな表情を浮かべていた。

 協力を願い出てくれたのは、このラングラー将軍と数名の貴族達。
 ラングラー将軍・・・・・・彼は実力で将軍の地位まで上り詰めた男だった。 時折見え隠れするその野心の影が、彼女を不安にさせる。恐らく自分は、 この男に利用されているのではないか、と。
 事実、そのとおりだった。彼は全てが露見したその時は、王妃に命令されてやった 事だと言い逃れるつもりなのだから。
 王家でない自分が、将軍以上の地位に上り詰める事は不可能である。だが、 アーロンを次の王に据える事さえできれば、この王妃を通じて自分の意のままに動かす事ができる。

(愚かな女だ・・・・・・ )
 ラングラーは彼女に気付かれないよう、口元を歪めて微笑んだ。
 今回の一件を追求すれば、国王を玉座から引き下ろす事は十分に可能だろう。 神の巫女である聖なる乙女を汚したのだ、王だからといって許される事ではない。
 そして、2人の子供である白い森の巫女も、消えてもらわなければならない。 王家の力を持つという事は、その娘が次の王となる可能性もある。それでは困るのだ。
 自分がこの王宮で権力を得る為にも、白い森の巫女には死んで貰わなければ ならなかった。


* * *



「この反応は……っ!」
 寝所で眠っていたアーシャは、ハッと目を開いた。
 間違えない・・・・・・これは、魔族が結界に触れた感覚。そしてこの気配は、 フィリアと一緒にやってきた魔族とも違う。

 アーシャはベットから身を起こすと、椅子に掛けてあったガウンを羽織る。 そして部屋から出ると、神官長の部屋へと向かった。
 静まり返ったウェスタの神殿に、足音が響き渡る。
「なんて禍々しい気・・・・・・悪い予感がする」




 もう1人、この気配に気付いた者がいた。
「魔族の気配か!」
 執務室で仕事をしていたディランは、立て掛けていた長剣へと手を伸ばした。
 王都の結界に魔族が侵入したのは、自分が王となって2度目。そしてこの気配は、 先日会ったクラウスのものと似ているが、恐らくは別の魔族だろう・・・・・・。
 しかし王都へと入り込んだ魔族の居場所を探る事は、たとえ王家の力でも不可能だった。
「何が目的なんだ・・・・・・」
 ディランは手にした剣を強く握り締めた。
(王都を襲うつもりなのか―――?)
 分からない。そうなれば自分は魔族と戦う事になるだろう。この力を持ってしても、 魔族とどこまで渡り合えるのかは分からない。彼らは妖魔よりも、さらに強力な存在なのだから。
 ディランはふと、クラウスが言っていた言葉を思い出す。
(王都の結界を破れる者は、魔族の中には3人しかいない―――)
 彼はそう言っていた。つまり魔族の中でも桁違いに強い者が、今この王都の中に いるという事なのだ。




 扉を開く音も、足音さえもしなかった。
 だが、何者かの気配を感じて身を起こしたテレアは、目を大きく見開いた。

 真っ暗な闇の中に佇んでいるのは、 1人の男性だった。その身には、金色に 輝く淡い光を纏っている。
 瞳の色は、纏う光と同じ――― 《金色》。床に届く程に長い、漆黒の髪。そして、 この世の美を極めたかの如き、美しい・・・美しい男性だった。
 凍りつくような双眸が彼女を見下ろしている。並みのものならば、その視線だけ で震え上がるだろう。
 人間に似ているが、明らかに異なる存在。男が何者なのか、聞かなくても分かる・・・・・・ 彼は間違えなく、《魔族》であろう事が。

 男はゆっくりと、彼女のいる寝台へと歩み寄った。そして彼女の顔を覗き込む。 テレアは思わず小さな悲鳴を洩らした。
「安心しろ。怯えずとも、お前を殺したりはしない。私は別に人間になど興味はないのだから」
 その声は、美貌に相応しい程に美しかった。ただし、凍りつくように冷たい・・・・・・。 テレアは小さく震えながら、身を強張らせていた。
「人間如きが、聖なる乙女を殺せると思っているのか? 私の有能な部下でさえも、 あの者に触れることさえできなかったというのに」
 白い森の巫女の事を言っているのだろうか―――?
 テレアは怯えながらも、首をかしげた。
「私がお前達に協力してやってもいい」
 そう言うと男は、艶やかな笑みを浮かべた。美しいには美しいが・・・・・・まるで 紛い物のような笑みだった。
「魔族が人間に協力を?」
「私は神殿には入れない。だが、人間ならば神殿に入れる。人間ではあの娘は殺せない。 だが、私ならば殺すことができる。そういう事だ。私もお前と同様に、あの娘が憎いものでな」
「あなたはなぜ・・・・・・あの娘を憎んでいるのですか?」
 テレアは恐る恐る尋ねた。
「神殿であの娘を守っているのが、私の弟だからだ。娘が死ねば、あれも私の下へ帰ってくる」
「弟・・・・・・? では、魔族が神殿の中にいると言うのですか」
 テレアは信じられないという表情で、男の顔を見上げた。
「あれは魔族の中でも、最も強い力を持っている。神殿の結界さえも破る程のな」
「魔族が人間を守っているというのは、どういう・・・・・・」
 男の視線に、テレアは言葉を止めた。そのあまりの恐ろしさに、ガタガタと体が震える。
「聖なる乙女を神殿の外に連れ出せ。そうすれば、私がこの手で殺してやろう。 たったそれだけの事でいい」
「・・・・・・はい」
 テレアは小さく頷いた。その声は恐怖に震えながら。
 男はまた艶やかな笑みを浮かべると、テレアの首筋に顔を寄せた。冷たい唇が首筋に触れ、 彼女は小さな声を洩らした。
「あの娘がいなくなれば、お前の愛する者もお前の下に戻ってくるだろう」


* * *





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