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「何が言いたい・・・・・・」 クラウスは不機嫌そうに眉をしかめ、フォークスを睨み付けた。 しかし、クラウスを目の前にしてもフォークスは怯(ひる)まない。 「もう一度言います。魔族が巫女の側にいるなど、決して許されない事です。 あなたは良いかもしれませんが、巫女の立場はどうなります? 国民にこの事が広まれば、 ただでは済みますまい。あなたには申し訳ありませんが、即刻神殿から立ち去って頂きたい」 「フォークスさん!」 叫んだのはフィリアだった。しかしフォークスはそのまま続ける。 「神官長、あなたのご意見も聞かせて下さい」 フォークスは、隣りに座るダナへと問いかけた。 「私は神官長の立場から申しますと、魔族が神殿の中にいるのは好ましい事とは思えません。 神殿とは本来、妖魔、魔族達から人間を守るためのものですから。それに、 レインズ様のおっしゃられたとおり、もしこの事が国中に知れ渡れば・・・・・・ フィリア様は巫女としての地位だけでなく、何もかもを失うかもしれません」 「ダナ・・・・・・」 フィリアは悲しげな表情を浮かべ、ダナを見つめた。 「神殿の巫女は、誰にでもなれる訳ではありません。神に選ばれた、《聖なる乙女》だけなのですから。 だからこそ、その身に背負う責任も重いのです」 ( ですが、私は――― ) その後に続く言葉を、ダナは口にする事ができなかった。 「神官長のおっしゃるとおりです。巫女、あなたの我が侭で、この国の平和を乱す訳にはいか ないのですから」 フォークスの口調は厳しく・・・・・・そして正しい。フィリアはそれに、返す言葉が見つか らなかった。 ( クラウスは他の魔族とは違う――― ) それだけは、どうしても伝えたいのに・・・・・・。 うつむくフィリアの頭に、そっと……優しく手が乗せられた。 彼女がゆっくりと顔を上げると、クラウスは 穏やかに微笑んでいた。 「俺は魔族だ、それは変えられない事実だからな。短い間でもお前と一緒にいられただけで、 俺は十分幸せだった。それに、神殿の外からでも、お前を守ってやる事はできる」 彼の微笑みも、その言葉も温かい。フィリアの目からは涙が溢れ出した。 「でも、私は神殿の外には出られない。もうクラウスとは会えないんだよ? そんなの嫌だよ、せっかく会えたのに」 「フィリア・・・・・・」 フィリアの涙は止まらない。クラウスは彼女の頬にそっと手を触れ、親指で優しく涙を拭った。 『これが本当に、魔族だというのか―――?』 フォークスは信じられないという表情で、2人を見つめていた。 魔族とは、妖魔よりもさらに強力な力を持つ存在。彼らは神殿の結界をも通り抜け、 人間の住む世界へと干渉する事もできる。見た目は美しい姿をしているが、その性格は 気まぐれで残忍。 しかし目の前にいるクラウスという青年は、自分達が想像していた魔族とは、明らかにか け離れていた。赤い瞳と纏う空気さえなければ、人間と何も変わらないように思える。 フォークスは大きなため息をついた後、ゆっくりと口を開いた。 「分かりました、目を瞑りましょう。今は巫女の命が最優先です。クラウス・・・殿、 あなたの力は、今は我々に必要なものですから。ただし、巫女の安全が保障されるまでの間だけですよ」 「本当に!」 フィリアは目を大きく開き、いっぱいの笑みを浮かべた。今まで泣いていたとは 思えない程に。 「これではまるで、私が悪者じゃないですか」 フォークスはいじけた顔で、彼女から視線をそらした。その顔は少し照れているようにも見える。 先ほどまでの無表情な仮面はどこにもない。これが、まだ23歳である彼の本当の素顔なのだろう。 「実は結構いい人だったんだね、フォークスさんて」 「それはどういう意味でしょう? 私は悪人な覚えはありませんが・・・・・・」 「だって、ねぇ?」 フィリアは楽しそうな顔で、隣りに座るクラウスへと視線を送った。 「まさか、聖なる乙女と魔族が愛し合っているなど、言ったところで誰も信じないでし ょうがね」 「愛し・・・・・・って!」 フォークスの言葉に、フィリアの顔が朱に染まった。 日課である剣の練習を終えたフィリアとレナは、中庭のテラスで休憩をしていた。 テーブルの上には、冷たい飲み物と、焼きたての白桃のタルトが並べられている。 フィリアはそれを、美味しそうに頬張っていた。 いつもと何ら変わりのない、穏やかな午後。 自分の命が狙われている―――その事実を耳にしても、フィリアはのんびりとしたものだった。 これはすでに、開き直りなのかもしれない・・・・・・。なるようになるだろう、という、彼女 特有の前向きな思考で。 「レナは人を好きになった事はある?」 ゲホッゲホッ レナは突然の質問に、飲んでいたお茶を喉に詰まらせた。彼女は苦しそうに咳を繰り返し、 必至に息を整える。 「と・・・突然何を聞かれるんですか、フィリア様」 「レナはもう大人じゃない。恋ってどんなものなのか教えて欲しいの」 「はぁ・・・・・・」 フィリアは真っ直ぐにレナを見つめている。その表情は真剣だった。 「そう言われましても・・・・・・私は今まで、フィリア様のお世話に手一杯で、 恋などした事がないのですが」 「ええ! だってレナ、そんなに綺麗なのに。なんで?」 「なっ何でと言われましても・・・・・・」 ( ダナ様――― ) レナは心の中で、必至に助けを求めた。しかし無駄だった。目の前のフィリアは、 不思議そうに首を傾げている。レナからの次に返ってくる答えを待って。 「何の話をしているんだ?」 誰もいなかった筈の空いている椅子には、いつの間にかクラウスが腰掛けていた。 彼はつい先ほどまで2人に剣を教えていたが、調べ物があるからと言って、1人でどこかへ 消えた筈だったのに。 クラウスはテーブルに頬づえをつきながら、楽しそうな顔でフィリアを見つめている。 この様子からすると、どうやら2人の会話を聞いていたのだろう。 「何でもないわよ! もう・・・・・・」 フィリアは顔を赤く染めて、クラウスを睨みつける。しかしその目には力がない。 「何でもない・・・? じゃあなんで、そんなに赤い顔をしているんだ」 クラウスは心底楽しそうに、フィリアの顔を覗き込んだ。その端正な顔を間近で見せられ、 フィリアの顔はさらに赤くなる。レナは二人の様子を見ながら、必至に笑いを堪えていた。 「クラウス・・・・・・」 「ん?」 フィリアはまだ少し赤い顔を、そっと上げた。 「私は王になんてならないから。だから、これからもずっとここに居ていいんだよ?」 「フィリア・・・・・・」 「お願いだから、どこにも行かないで。クラウスもレナも・・・・・・2人とも、私の大切な人だから」 2人は彼女の言葉に微笑む。それが答えだった・・・・・・。 |