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* * * 「フィリア様、お食事は?」 「駄目・・・・・・食べる元気もない」 「私もです」 2人はぐったりと、椅子にもたれかかっていた。 つい先程前までクラウスの扱(しご)き にあっていた2人は、もう立ち上がる気力さえも残っていない。 さらに、2人の全身は打ち身と擦り傷だらけである。 それほどまでに、クラウスの稽古は 凄まじいものだった。 クラウスが言うには、これでも相当の 手加減はしていたらしいのだが・・・・・・。 ようやく回復した2人が部屋へと向う途中、廊下の向かい側から数名の神官達が歩いてきた。 彼らはフィリアの姿を見て、咄嗟に視線をそらす。 つい昨日までは、廊下で会えば必ず笑顔を浮かべて声をかけてくれた。しかし、その笑顔は もうどこにもない。視線さえも合わせられない程に、彼らの顔は強張っていた。 フィリアは自分の部屋に着くと、声を殺して泣き始めた。 目からは止まらない涙が溢れ出す。 自分の両親を恨んだ事など1度もない。2人の子供として生まれて来た事は、 彼女にとって誇りでもあるのだから。 しかしフィリアは、16歳になったばかりの少女なのである。聖なる乙女だと いっても、心までも強いわけではないのだから・・・・・・。 フィリアの部屋の前には、レナが座り込んでいた。頭をうな垂れている為、その表情は 見えない。もしかすると、彼女も泣いているのかもしれない。 部屋の中の泣き声がやむと、レナは静かに扉を開けた。思った通り、フィリアは泣き 疲れて眠っていた。レナは彼女の体をベットへと移し、布団をかける。そしてフィリアの 目元の涙の跡を、服の裾でそっと拭った。 『胸騒ぎがする・・・・・・何も起きなければいいのだけど』 レナはそのまま、フィリアの部屋のソファーで眠る事にした。 一晩中起きていたかったが、日中の稽古で体力がもう限界だった。レナはしっかりと剣を 握り締めたまま意識を手放した。 その日の深夜。小さな灯を手に、真っ暗な廊下 を移動する者達がいる。頭から黒いフードで身を包み、手には剣を握り締めている。 その数は9人だった。 先頭を歩く者が合図をすると、一同はその扉の前で立ち止まった。 扉を開けた瞬間、彼らはその異様な光景に目を見開いた。 真っ暗な部屋の中には、 鮮やかな赤い光を纏った1人の男が立っていた。その顔には見覚えがあった、 先日巫女と共に王都に訪れていた青年だった。しかし、あの時とは明らかに何か違う・・・・・・ そう、それは瞳の色。今目の前にいる男の瞳は、血の様な赤い色をしている。 それは決して人間が纏う色彩ではない。 目の前の男の顔には、何の表情も浮かんではいなかった。ただ静かに、扉の側に立つ 彼らを見つめている。 彼らはそのまま、一歩も動く事ができなかった。全身をめぐる恐怖に、硬直 しながら……。 男はゆっくりと口を開いた。 「誰に雇われか、答えろ」 それは問いかけではない、絶対的な命令だった。 「答えられないならそれでもいいが、死が早まるだけだぞ」 心の底から凍えるような、冷たい声だった。 「わ、我々は・・・・・・」 「誰……っ!」 奥から少女の声が聞こえてきた。その瞬間、部屋の照明が灯る。 薄暗い部屋の中で、 金色の豊かな髪が輝いている。空のように澄んだ瞳、神の愛でし美しい容貌。先日まで 王都に訪れていた、聖なる乙女……フィリアだった。 目を覚ましたレナは、すぐさまフィリアの前に立つ。主君を守る為、握り締めていた剣 を構えた。 フィリアはレナの横をスッと抜けると、そのまま彼らの方へと歩いて行った。 「フィリア様!」 レナは慌てて後ろから追いかけた。フィリアはクラウスの隣りで立ち止まると、 悲しそうに彼らの方を見つめた。 「その剣は、王都の騎士の証・・・・・・どなたかに私を殺すよう命令されたのですね」 返答はない。フィリアはそのまま続ける。 「この神殿の主である私には、あなた方を処分する権利があります。しかし私は殺生は望みま せん、どうかこのままお帰りください。そうすれば何も聞きません、何もなかったこと にしましょう」 「フィリア様、それは甘すぎます! 彼らを尋問して、依頼した者の名前も聞さなければ」 「いいえ。命令されたとはいえ、ここに来たのは彼らの意思です。依頼した者と同じように、 彼らにも同じだけの罪があるのです。他人の命を奪う覚悟を持って、ここに訪れたという事 なのだから」 凛とした声だった。その声には恐れも震えも感じられない。 彼らの1人がその場にひざまずいた。そして剣を手から離すと、被っていたフードを取る。 他の者達もそれに倣った。見ると彼らは皆、20代後半から30半ば程の若い騎士達だった。 「巫女、大変失礼いたしました。我々に命令したのは、エルハード宰相ファブリス・レインズ 殿です」 最初にフードを取った青年が口を開くと、彼らは一斉に頭を垂れた。 「我々が宰相から命じられたのは、巫女が王家の力を持つに相応しい人物であるか見極めること。 決して命を頂戴する事が目的であった訳ではありません」 「えっとー・・・・・・」 フィリアは不思議そうに首をかしげた。隣りに立つクラウスとレナも、呆気にとられた 表情を浮かべている。 「王都では今、大きな騒ぎとなっております。陛下は巫女の義兄君である、アーロン様を 次期国王にとおっしゃられたのですが、それを良しとしない者達もいます。 巫女の命を狙う者は、間違えなくここにやってくるでしょう。ですから我々はこのまま、 巫女を守る為にここに残りたく思います」 「なぜあなた方は、私を守ろうと? お父様の命令でもないのでしょう?」 「宰相は王家の力無き者が、神聖なる玉座に座る事は許されないと考えています。 神は王となる者にのみ、その力を与えるのだから・・・・・・と。巫女が命を落とせば、確かに 次の王が生まれるかもしれない。 しかし人間がそれを行ってしまえば、それこそが神への反逆なのです」 フィリアはじっと目の前の青年を見つめている。彼は一体、何が言いたいのだろうか・・・・・・ と。 「だからこそ正当なる王家の血と、神の巫女である《聖なる乙女》の血を引くフィリア様こそが、 次の王としてふさわしい」 「ええ―――!!」 フィリアは思わず大声で叫んでいた。寝静まった神殿に、大きな声が響き渡る。彼女の目は これ以上ないという程に、大きく見開かれていた。隣りのレナは口を開けたまま静止している。 あのクラウスでさえも、予想もしていなかった事に驚きを浮かべていた。 「その・・・・・・冗談よね?」 フィリアは恐る恐る尋ねた。目の前の騎士は、その問いに顔を上げる。彼のその表情は、 真剣そのものだった。 「いいえ、宰相は冗談などおっしゃられる方ではありません。この事は頃合を見て、 陛下にもお話するとの事でしたので」 「でも・・・・・・アーロン様は・・・・・・」 「殿下は巫女よりも先にお生まれになっていますが、王家の力は引き継がれなかった。 それはつまり、王としての資質がなかったと考えるべきです」 王家に対してこれ程ずばずばと物を言うこの青年に、フィリアは思わず眉をしかめる。 まだ30にも満たないだろうこの青年は、 一体何者なのだろうか。 「あなたは一体・・・・・・?」 「失礼しました。私は宰相レインズの息子、フォークス・レインズと申します。巫女が王とな られる頃には、私が宰相としてお役に立てる事と存じます」 そう言うとフォークスは笑みを浮かべた。しかしその鋭い双眸は、決して笑ってはいない。 「他に何か聞きたい事はございますか?」 聞きたい事だらけだった。しかし今は混乱していて、それどころではない。 助けを求めるように隣りのレナを見ると、彼女はまだ放心したままだった。 |