白い森
○●第4話●○






【 第4話 魔族クラウス 】


* * *


 部屋の扉をノックする音に、2人は会話を中断した。
 レナが扉を開くと、廊下には1人の男性の姿があった。 優しげな、それでいて圧倒的な存在感……ディランである。レナは国王とは初対面だった為、 不思議そうに首をかしげる。
「フィリアはいるかな?」
「はい。今は体を温める為に、浴室の方に……」
「じゃあ、少し待たせて頂こう」
 ディランはそう言うと、部屋の中へと進んで行った。3人は向かい合って椅子に腰掛けると、 しばらくの沈黙が流れる。

「お父様!」
 浴室から出てきたフィリアは、驚いた声を上げた。レナは茫然とした顔で、 2人を交互に見比べる。
「最後にもう1度、お前に会っておきたくてね」
 そう言うとディランは、優しく微笑んだ。フィリアも嬉しそうに駆け寄って行く。
「えっと……フィリア様?」
「ああ、まだ話してなかったのよね」
 フィリアはしまった、という顔を浮かべた。
「エルハードの国王だよ」
 横からクラウスが、ボソッと呟いた。まるで、大した事ではないかのように。
 レナは、口をぽかんと開いたまま静止する。恐らく、 1時間は正気に戻る事は不可能だろう……。

「昨晩、アーシャとも相談してきたのだが。お前の護衛の騎士達が王都に戻った後、 私達の事を話す事にした」
「はい」
「白い森の神官長には、11年前に全てを話してあるから安心しなさい。しかし、 神殿の結界は妖魔達には有効だが、人間達には何の意味も持たない。馬鹿な考えを持った者達が、 お前の命を狙うかもしれん……」
「私が死にさえすれば、新たに王家の力を持つ者が生まれてくるから……ですね」
 フィリアの言葉に、ディランが頷く。
「王家の血を絶やさない為とはいえ、神の使いであるお前の命を狙うなど、 本来あってはならない事なのだが。その可能性が無いとは、決して言えない。だから ……」
「私も強くなる。クラウスに守られてばかりじゃなく、自分の身ぐらい自分で守れるぐらいに。 だから安心して下さい」
 そう言うとフィリアは、真っ直ぐにディランを見つめた。
「お前は……強いな」
「お父様とお母様の子供ですもの」
 フィリアはにっこりと微笑んだ。ディランは立ち上がると、彼女をそっと抱き寄せる。
「愛しているよ。私たちの愛しい娘……」
 クラウスは、静かに2人を見守っていた。
 魔族には、肉親との絆や愛などは存在しない。 それどころか、肉親同士での殺し合いも、日常的に行われているのだから。 そう、自分達親子のように・・・・・・。


* * *



「フィリア様、お人が悪いです」
 馬車に揺られながら、レナは恨みがましい顔でフィリアを向いた。
「ごめんなさい……」
「でも……素敵な方ですね、フィリア様のお父様」
 そう言うとレナは、にっこり微笑んだ。フィリアは嬉しそうに大きく頷く。
「それで、あなたはこれからどうするの?神殿本体の結界って、魔族達は絶対通れないっ て聞いたけど……」
 レナの質問にクラウスが眉をしかめる。
「誰に聞いているんだ。俺に不可能はないと言っただろう」
「だから! あなたは一体何者なのよ?」
 フィリアはハッとあの時の言葉を思い出す。
 父親である《魔族の王》……つまりクラウスは、 魔族の王の息子という事なのだろうか。今までに出会った他の2人の魔族は、 クラウスに対して心から怯えていた。さらに、絶大な力を持つ同族2人を、 一瞬にして葬り去った圧倒的な力・・・・・・。
「クラウス、魔族の王が父親って……あれ、どういう事なの?」
 フィリアの質問に、クラウスは少しだけ困った顔を浮かべる。レナは思わず息をのんだ。
「俺の父親は、妖魔、魔族すべてを統べる王だ。力だけが全ての世界で、あの男の前では 魔族さえもひれ伏す。絶対的な力、存在感……いつしかあいつは、王と呼ばれるようになった。 その息子が俺だ。もう1人、どうしようもない兄もいるんだがな……」
「じゃあ……あなたはなぜあの時、怪我をしていたの?」
 7年以上も昔。フィリアとクラウスが初めて出会った時、彼は大きな傷を負っていた。 人間ならば確実に死に至る程の重症を……。
「俺は生まれ落ちたその時から、父親に命を狙われている。自分を越える力を持った息子に、 いつか自分の命を奪われるのではないか……と恐れてな」
 フィリアとレナは息をのんだ。
 魔族の王を越える。つまり目の前の青年は、 魔族の中で1番の実力を持っている、という事になる。それは魔族にとっても 人間達にとっても、畏怖の存在・・・・・・。
「俺は別に、王になど興味は無いんだがな」

「そう言わないで下さいよ。少なくとも僕は、あなたに王になって欲しいんだから」

 突然、何も無い空間から声が響いた。フィリアとレナは、ビクリと体を強張らせる。そして 揺れる馬車の中で、ゆっくりと空間が歪み始めた。

「どうも、はじめまして」
 姿を現したのは、燃えるような赤い髪に金色の目をした青年だった。服装はクラウスと 同じく、黒で統一されている。見た目は22、3歳に見えるが、実際はその何十倍 も生きているだろう。彼はその整いすぎた美貌で、人懐っこい笑顔を浮かべている。 言うまでもない……魔族である。
「ジェガール……何しに来た」
 クラウスは呆れた顔で呟く。フィリア達は首をかしげた。クラウスの表情が変わらな いということは、敵ではないのだろうか。
「つれないなー。寂しいんですってば、あなたのいない魔界なんて。それで捜しに来てみれば、 なぜだか人間と一緒に馬車に揺られているし。思わず吹き出しそうになりましたよ。 ああっ今すぐランシスに報告に……」
「死にたいか、貴様」
 クラウスが睨みつける。人間、魔族……誰もが凍りつくようなその視線を浴びても、 ジェガールと呼ばれた男はけろりとしている。
「冗談ですって。こんな綺麗なお嬢さん達とご一緒じゃ、馬車に揺られたくもなりますよね。 いいなあ、可愛いなあ。僕もお邪魔していいかな?」
「えっとー……」
「今すぐ帰れ!」
 クラウスの一言に、ジェガールは大きな笑い声を上げる。それも、心底可笑しそうに。
 フィリアとレナは顔を見合わせた。冷酷と思っていた魔族の中に、このような青年がい るなどと。
「面白い! クラウス……いつからそんなに面白い性格になったんですか!  以前のあなたならば、 僕は今ごろ火だるまですよ?」
「うるさい。お前にだけは……お前にだけは見られたくなかったんだ、くそっ」
「いいじゃないですかー、僕達は親友なんだし」
 ジェガールの言葉に、クラウスはあからさまに嫌な顔を浮かべた。
「クラウス、えっと……その人は?」
「ああ、こいつか。気にするな、いないものだと考えて無視していればいい」
「うわっ、酷いなあ。僕はジェガール、自称クラウスの親友……つれない片思いだけどね。 後でこっそりと、彼の秘密な話でも聞かせてあげるよ」
 そう言うとジェガールは、にっこりと微笑んだ。その明るい性格は、今までの魔族の中では、 1番の好印象かもしれない。
「フィリア、こいつには騙されるなよ。数いる魔族の中で、最もたちの悪い性格をし ているんだからな。残虐な性格だけならば、こいつの右に出るものはいない」
「え?」
 つくづく魔族は分からない……フィリアとレナの二人は、目を見合わせた。


* * *





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