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神官長の女性に案内され、フィリアは神殿の奥へと進んで行く。 すれ違う神官達は、初めて見るまだ若い 聖なる乙女の姿に、目を丸くして立ち止まる。1つの神殿に2人の聖なる乙女 が存在する神殿もあるが、ここ《ウェスタ》はこの30年間、アーシャただ1人だった。 2人は、神殿の奥にある一室の前で立ち止まった。 神官長は、隣りに立つフィリアに微笑む。 「こちらにアーシャ様がいらっしゃいます。私はここでお待ちしてますから、 11年分しっかりと甘えてこられませ」 「ありがとう」 フィリアはにっこり微笑むと、その扉を2回叩いた。 部屋の中から綺麗な女性の声で、「どうぞ」と返事が返ってくる。 フィリアは逸(はや)る気持ちを抑えながら、そっと扉を開いた。 椅子に腰掛けていたその女性は、ゆっくりと振り向いた。 腰まで流れる金糸の髪、空のように澄んだ青い目。その容姿は、 触れると壊れてしまいそうな儚げな印象を与える。 。 《ウェスタ》の巫女アーシャは、来訪者の姿を見た瞬間、 その目を大きく見開いた。 「……フィリア……フィリアなの?」 震えるような彼女の声に、フィリアは大きく頷く。顔にはいっぱいの涙と笑みを浮かべて。 アーシャは掛けていた椅子から勢い良く立ち上がると、フィリアへと走り寄った。 そして2人は、強く…強く抱きしめ合う。 「会いたかった、お母さん……」 「私もよ、フィリア。どれだけあなたの夢を見た事か。11年ぶりに会う最愛の娘の顔を、 しっかりと見せてちょうだい。ああ、こんなにも美しく成長して…… その意思の強い瞳は、お父さんゆずりね。 本当に、本当に大きくなったわね」 アーシャはフィリアの顔を両手で包み込み、にっこりと微笑んだ。 目からは止まらない涙が溢れ出している。 母子とあって、2人はよく似ている。しかし フィリアには、母のような儚げな印象などどこにもない。強い意思を持ったその瞳が、 いつも彼女を輝かせていた。 「お母さんは全然変わってない。誰よりも綺麗で優しい……大好きなお母さん……」 11年ぶりに再会した母子は、離れていた間の隙間を 埋めるかのように、強く…強く抱きしめ合った。 しばらくすると、先程の神官長の女性が、温かいお茶を運んで来た。 フィリアとアーシャはテーブルに向かい合って腰掛ける。 フィリアは母に、この11年間の事を話し始めた。 アーシャはそれを嬉しそうに聞き入っている。 時々頷いたり、笑い出したりしながら。 「ところでフィリア、あなたが正門をくぐった時、結界に魔族の反応あったみたい なのだけど……」 アーシャは真剣な顔で尋ねた。結界の張られたこの王都に、魔族が侵入できる筈がない。しかし あの反応は、まさしく魔族のものだった。 「ああ、あれは私が一緒について来てもらったの」 フィリアはケロッとした顔で、とんでもない事を言った。アーシャは驚いて目を丸くする。 「あなた、いつの間に魔族と……。それよりも、大丈夫なの?」 「彼なら大丈夫よ。小さい時にこっそり神殿を抜け出した時に、森の中で出会ったの。 今まで会ったどの人よりも、優しく微笑むんですもの。そんな彼が、悪い魔族な訳がないわ」 フィリアはきっぱりと断言した。 「……でも魔族達は、人間の敵でしかないのよ。それは聖なる乙女として生まれたあなたが、 誰よりも分かっている筈じゃ……」 「私を襲ったほかの魔族2人は、残忍で…冷たい目をしていた。だけどクラウスは絶対に違う。 彼は私を2度も助けてくれたもの」 「魔族があなたを助けた! それにあなた、2度も襲われたって……」 アーシャの顔がみるみる青ざめていく。 「大丈夫、白い森に戻るまでの間は、クラウスが私を守ってくれるから」 「・・・・・・」 「それよりも、お母さんに1つ聞きたい事があるの」 そう言ったフィリアの顔から、フッと笑みが消える。 アーシャは首をかしげながら、目の前の娘を見た。 「私……私ね、魔族に襲われたとき……巫女の力と同時に、何か別の力も発動したの。 もしかしたらあれは、お父さんの力かもしれない。今まで剣を持った事もなかったのに、 私が魔族に対抗できたなんて……」 「それは本当なの! まさか!!」 アーシャは大声で叫ぶと、勢い良く立ち上がった。 体が机に当り、カップの中のお茶がこぼれ出す。 「お母さん……?」 フィリアは恐る恐る、母の顔を覗き込んだ。 「実はね、これは内密にされている事なのだけど。今、この国のお世継ぎの中で、誰一人 王家の力を持って生まれてこなかったの。国王も王妃もこの事態を重く受け止め、 決して口外はしていないのだけど……。それがまさか、あなたに……」 言い終えるとアーシャは、糸が切れたようにその場に崩れ落ちた。 (16年前……それは、たった1度の契り………) 2人の想いに偽りはなかった。だが、決して結ばれてはいけない運命の2人……。 やがて彼女は、愛する人の子供を身ごもった。 神官達はその事実を隠す為、必死に堕ろすよう彼女を説得した。 しかし神の子である彼女が、1つの命を奪える筈が無い。誰よりも愛しい人の子供の 命を……。 世間にこの事実をもらさない為、ウェスタの神官達は皆、口を固く閉ざした。 国を揺るがす程の混乱を招くだろうこの出来事を、 決して広めるわけにはいかなかった……。 2人の赤子は、金色の髪と青い目を持って生まれてきた。 それは紛れもなく、《聖なる乙女》の証――― 神官達は、「神がお許しになられたのだ」と口々に喜びの声を上げた。 何よりも心配していた、 アーシャの聖なる力が失われる事は無かったのだから。 5歳になるまでの間、母子はここウェスタで一緒に暮らした。時々お忍びで、父親も尋ねて来 る事があった。父親は、2人を心から愛していた。 やがて神官達は、その子供を聖地《白い森》の神殿へと預けることにした。 聖なる乙女の運命だからと、両親も同意する。そして今から11年前、親子はここウェスタ で最後の別れを終えた後、娘は遠い地へと旅立って行ったのだった。 「フィリア、あの人に……あなたのお父さんに会ったら、それを伝えなさい」 母の真剣な眼差しに、フィリアは頷く。 「でもこれだけは信じて。どんな事態になろうとも、私達はあなたを心から愛している。 あなたは私達の、何よりもも大切な娘だから……」 2人はもう1度、お互いを強く抱きしめ合った。 別れを惜しみながら、フィリアは部屋 を後にする。ぐっと涙を堪え、いっぱいの笑顔を浮かべて。 「神よ、どうかあの娘をお守りください。罰ならばすべて、 私がお受けしますから。どうか……」 閉じられた扉を見つめ、アーシャは1人呟いた。 |