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「サイ……えっとサラ、こいつは俺の部下で、ミュラーだ」 「ミュラー・ラドルフです」 紹介されたミュラーは、彩香に一礼する。 「はじめまして。えっと……サラです」 とっさの偽名に戸惑いながらも、彩香はお辞儀を返した。 「こいつは、俺のとこの副官だ。神経質そうな顔してっけど、かなりできる奴なんだぜ」 「主な仕事内容は団長のお守りですがね……」 「それは間違いないな」 言われた当の本人が笑い声を上げる。 副官というからには、カークの次に偉い人なんだろう。まだ若いはずなのに、髪には白髪がチラホラ 目立っている。恐らく 自由奔放な団長をフォローし続けたせいなんだろうな……彩香は心の中で思った。 「ところで、この方はどなたです? いくら団長の知り合いとはいえ、王宮に一般人を お連れするのは関心しませんよ」 「フィーナの友達だよ。あいつもこんなとこに1人で居ると、 心細いだろうと思ってな。この子をフィーナのところまで案内してやってくれ」 「ああ、そういう事でしたら了解いたしました。それで、団長は?」 またサボる気では……ミュラーは眉間の皺を深くする。 「俺はそろそろ行かないと、おっさんの小言が長くなるからな」 そう言うとカークは、後ろに控えている騎士の青年を指差した。 「ああ、なるほど。それでは会議の間は、私が責任を持ってこちらの女性をお預かり いたします」 「頼んだよ」 「でも、カークさん……」 サイカが不安そうにカークを見上げる。先ほどから名前の出ている、 フィーナという人物の事など何も知らないのだから。 そんな姿に気づき、カークは彼女の耳元に小声で囁く。 「俺の妹のとこだ。王宮の中を案内してもらえ」 「でも、私は……」 「大丈夫、お前がレジェスだと分かる奴はいないさ」 リシュアの肖像画が飾ってあるのは、彼が今から向かう会議室の中。そこに入室するのを 許されているのは、カークを含めた騎士団長5名と国王のみだった。 「ミュラー、サラに手を出すんじゃないぞ」 カークの一言にミュラーの片眉がピクリと上がる。 「さっさと会議室に向かって下さい。スターレン殿の小言を聞かされるのは、あなただけでは ないんですよ」 「はいはい、分かったよ。じゃあまた後でな、サラ」 カークは軽く右手を上げ、王宮の奥へと歩いていった。その後ろを若い騎士の青年が追う。 カークが会議室に入るところまで見守らなければ、安心できないのだろう。 残された彩香はミュラーを見上げた。笑顔1つ浮かんでいないその顔を見て、 彩香は次第に不安がこみ上げてくる。 「フィーナ様のところまでお送りします」 「よ、よろしくお願いします」 先に歩き出したミュラーを追いかけ、彩香も歩き出す。 フィーナのいる部屋に着くまで、およそ10分。その間、彩香とミュラーの2人が 会話を交わす事は1度もなかった。しかも彩香は早足の彼を追いかけるのに必死で、 王宮内を見渡す事さえも出来なかった…… 「こちらが、フィーナ様のお部屋です」 ミュラーは足を止め、ようやく口を開いた。早足を追いかけて息の切れていた彩香は、 ホッと胸を撫で下ろした。 彼が扉を叩くと、中から「どうぞ」と小さな声が聞こえてきた。 「失礼します」 扉を開くと、ソファーに腰掛けて本を読む1人の少女の姿があった。 フィーナという少女は彩香と同じぐらいの年だろうか。カークと彼の姉ヘレンとは全くといって良いほど 似ていない。 どちらかというと控えめな容姿に、小柄な体格。ただ、漆黒の髪と瞳だけは 上の2人と同じものだった。 「お兄様の行動と言動には驚かされるでしょ。昔からあの通りなのよ」 そう言うとフィーナは、クスクスと笑う。初対面の彩香を見ても、全く動じた様子はなかった。 彼女の部屋に通された彩香は、ゆったりとした応接のソファを勧められ腰掛けた。 フィーナはミュラーにも一緒にどうぞと言ったが、彼は執務があるからと部屋を後にした。 恐らく、このような場が苦手なのだろう…… 「突然すみません……私、サラといいます」 一応、さきほどカークが名づけた偽名の方を名乗る。 「すごく暇だったから大歓迎よ。私はフィーナ・ヴァルデス。お兄様が迷惑をかけて いるだろうから、こちらこそごめんなさい」 「いえ、迷惑なんて! カークさんは本当に優しくて素敵な人です……」 「あら、ありがとう」 兄を褒められ、フィーナが嬉しそうに微笑む。兄と姉のような華やかさはないが、 心が温かくなるような、優しい笑みだった。 「フィーナさんはどうしてこの王宮に?」 「政略結婚のためよ。私、来月にはエイアル陛下と結婚式を挙げることになっているの」 「えっ……」 彩香の驚く姿に、フィーナは不思議そうに首を傾げる。 エイアルとフィーナの婚姻は1年以上前から決められており、 国中の誰もが知っている事だった。 彩香はこの世界に来てまだ浅い上に、今日までずっと神殿の中に居たためだろう。 そういった噂の類は、全くといって良いほど耳に入ってこなかったのだ。 (エイアル様が結婚……) どれほどお互いが愛し合っていたとしても、生前のリシュアとエイアルが結ばれる事は決して無い。 リシュアの愛した男性、エイアルはこの国の国王なのだ。政略結婚の話があっても 何ら不思議はない。彩香のいた世界にさえも、 家柄の良い家庭や外国の王室などでは政略結婚というものが存在していたのだから。 この事はきっと、生前リシュアの耳にも届いていただろう。彼女はどんな想いだったの だろうか…… 「 ! 」 目の前にいる少女は、自分が結婚する男性が他の女性を愛していた事を知っているのだろうか。 ハッと彩香が顔を上げると、フィーナは穏やかに微笑んでいた。 「サラは陛下にお会いした事はある?」 「えっ……いえ、あの……あります」 「そう」 彩香は、咄嗟の質問に嘘をつく事ができなかった。 どこで? と聞かれたら答えは用意していない。まさか神殿で会ったと答える 訳にはいかないだろう。 「本当はね、お姉さまが陛下と結婚するはずだったの。あっ、お姉さまにお会いした事はあるかしら?」 彩香は小さく頷く。カークの姉、ヘレンにはつい先日会ったばかりだった。 「お姉さまは綺麗で頭も良くて……お父様の自慢だったわ。でもお姉さまは陛下との婚約を 解消して、別の男性のもとに嫁いでしまった。だから、私のところに回ってきたの……」 「フィーナさんは、陛下の事をどう思っているの」 「とても素敵な方よ。お兄様に負けないぐらい綺麗だし……強くて優しい方だわ」 フィーナの頬は薄っすらと赤くなる。 「子供の頃からずっと憧れていたの。でもお姉さまが嫁ぐって決まっていたから、 私はこっそりと想っていただけだった。それなのに……」 「嬉しくないの?」 彩香は不思議そうに首を傾げる。長い間憧れていた相手と結婚できるのだから、 これほど嬉しい事はない筈なのに。 「私では不釣合いだから」 フィーナは悲しそうに微笑む。 「だから、私がこの城に上がってから1度もエイアル様は会いに来て下さらないの」 |