ここではない何処かへ
○●第3章●○







* * *



 食事を終えて、ラミスを出たのが1時半。夕方まで十分に時間がある為、カークは町の 中を案内する事にした。
「案内するって言っても、俺は姉上や妹が行く店ぐらいしか知らないからなあ」
「そこでいいよ。それと、カークさんがよく行く店も見てみたい」
「俺の行く店? お前さんみたいな若い娘が行くような店なんて、一軒もないぞ」
 カークはきょとんとした顔で答える。その言葉がどこか可笑しくて、彩香は思わず吹き出した。
(若い娘……って、そんなに年も違わないのに)
「でも、行ってみたい」
「そうかあ? まあいいけど」
 カークは少し照れくさそうに頭を掻いた。

 午後からは予想以上に日差しも強く、人ごみの中を歩いているだけで汗が滲んでくる。 2人は何店か洋服やアクセサリーの店を回った後、一旦休憩する事にした。
 彩香が休憩に選んだ店はオープンカフェのような造りで、彩香やカークのような若いお客で賑わっていた。
 2人は屋外に空いたテーブルを見つけ、そこに腰掛ける。しばらくして注文を聞きにきた店員の女性に、カークが冷たい飲み物を2つ注文した。
「随分歩いたから疲れただろ?」
「ううん、全然大丈夫だよ。休日は友達と買い物に出て一日中歩く事もあったし」
「女ってのはそうなんだよな。姉上やフィーナも買い物になると、何であんなに元気なんだか」
 カークがやれやれとため息をつく。
「気に入ったもんがあったら、言ってくれていいんだぞ」
「えっ、でも……」
「こう見えても、騎士団長ってのは国王の次にいい給料を貰ってんだぜ。俺1人じゃ到底使い切れない程な」
「そうなんだ?」
 彩香は驚いた顔でカークを見つめる。
 目の前に座るまだ若いこの青年は、 大国ラガイアの中でも国王に次ぐ地位を持っているのだ。普段のカークを見ていると、 到底信じられない話ではあるのだが……。

「あのー……」

 その時だった。2人のテーブルに、4人の少女が歩み寄って来た。 年は彩香と同じぐらいだろうか。
「何か?」
 カークが尋ねると、少女達の頬がパッと赤く染まる。
「その黒い制服とバッジ。騎士団長のカーク・ヴァルデス様ですよね?」
「えっとー……そうだけど」
 少女達がキャア、と声を上げた。
 騎士達が身につける制服は、所属する騎士団によって多少デザインや色が異なっている 。今カークが身につけているのは、《黒》騎士の正装だった。
 そしてカークの胸元には今、この国の紋章を象った銀のバッジが付けられている。これは、国王から直々に5人の騎士団長に与えられるもの。
 この2つは王都に住む者ならば、大抵の者が知っている事実だった。
(しまった、バッジぐらい外しておけば良かったか)
 今さらながら、カークは後悔した。町の中ですれ違った者の中にも、気付いていた者が いたかもしれない。
「握手して頂けませんか!」
「えっ……?」
 少女達の輝いた視線に、カークは思わずたじろぐ。握手を求められたりするのは初めての事では ないのだが、今は目の前に彩香が座っているのだ。
 彼はチラリと彩香を見ると、彼女もまた輝いた目で自分を見つめていた。
 カークはやれやれと立ち上がると、少女たち1人1人と握手を交わす。彼女達はお礼を言うと、早足で自分の席に戻って行った。

「どうしよう! この手は一生洗えないよー」
「噂よりもずっと格好良いよね。この店、よく来るのかな? わたし、絶対に通う!」
「ヴァルデス様ってまだ独身なんだよね。チャンスじゃない?」
「無理だって。一緒にいる子、信じられないぐらい綺麗だったもん。それに、 貴族と私達じゃ身分も違いすぎるし」

 彼女達の会話が耳に届き、カークが複雑な表情を浮かべている。 向かい合う彩香は必死に笑いを堪えていた。
「やっぱりモテるんだね、カークさんて」
「まあな」
 関心とからかいの混じった彩香の言葉に、カークは少し拗ねた顔で答える。
「後は俺の部下に会わない事を祈るだけだな。こんな事なら、ちゃんと着替えてくれば良かった」
 カークは胸元のバッジを外し、ズボンのポケットにしまった。公務をサボるのは日常茶飯事だが、 さすがに制服……それも女性連れは初めてだった。
「ごめんね、付き合って貰っちゃって」
「そういう意味じゃないって。サイカと町を歩けるの、正直言うと夢だったんだぜ」
「なんで?」
 彩香はきょとんとした表情で訊ねる。
「サイカは気付いてないだろうけど、さっきから男共の羨望と嫉妬の視線が俺に集中してんだ。 いい気分だぜ? お前さんみたいな可愛い子を連れ歩くのが、男の夢ってもんだからな」
「……言ってる意味が分からない」
「少しは自覚しろ」
 今ひとつ理解できない彩香は、不思議そうに首をかしげた。その様子が可笑しくて、 カークは思わず吹き出す。
「さてと、そろそろ行くか」
「うん」
 2人は立ち上がると、店を後にした。



「どうしたの?」
 1時間ほど歩いた頃。カークの様子がどこかおかしい事に気付き、彩香が訊ねる。
「ちょっと問題発生」
「えっ?」
 カークは彩香の手を取り、早足で歩き出す。そしてメイン通りから外れた 細い路地裏へと入って行った。
 大通りの裏手にあるこの道は、日中であるにも関わらずどこか薄暗い。背の高い建物で 日光が遮られている為だろう。人通りも殆ど無く、 道には酒瓶やゴミ屑が転がっている。
 カークは彩香の手を離し、無言で歩き続ける。彩香はその後を早足で追いかけていた。
 しばらくすると、後ろから幾人かの足音が聞こえてきた。彩香はハッと後ろを振り向く。 するとそこには、5人の男達の姿があった。
 もし彼らを見た目だけで判断するならば、悪人……というのが第一印象だろう。
「用があるのは俺にか? それともこの子にか?」
 カークは静かな声で訊ねる。男たちはニタニタと笑みを浮かべ、彩香に視線を向けた。 彼らのその視線に、彩香は先日の森の中での出来事を思い出す。彩香が小さく震え出したのに気付き、 カークは耳元に小さな声で囁く。
「大丈夫だ、すぐに片付けるから」

「騎士さん、あんたも十分綺麗なんだがな。俺達はそっちのお嬢ちゃんに興味があるわけよ。 その子はあんたの恋人かい? それともどこかの貴族のご令嬢かな?」
「残念ながら、どちらも不正解だ」
 カークの顔にはもう笑みは浮かんでいない。そして、その声はとても静かだった。
「そうかな? だが、どう見てもただの町娘じゃない事だけは分かる。その子を置いてここを立ち去れ…… と言った所で、その様子じゃ聞き入れてはくれないようだな」
「当然だ。騎士たるものが女性を1人置いて逃げ出す訳がないだろう」
「騎士様が強いと言っても、こちらは5人だ。それにあんたは、その子を守りながら戦うという ハンデまであるんだぜ?」
 カークはそれには答えず、隣に立つ彩香の耳元に囁く。
「サイカ、ここから一歩も動くなよ」
 彩香はそれに小さく頷く。彼の実力は、初めて森の中で出会った時に見て知っている。 この男達など敵ではないだろう。
 カークはゆっくりと前に歩き出した。
「ほう、やる気か?」
 男達はニヤニヤと笑みを浮かべたまま、腰の剣を抜いた。
 見たところ、相手はまだ20歳を超えたばかりの若い騎士。経験も剣術も、まだまだ未熟。 5人で向かえば、間違えなく勝てる筈だ。
 彼らの顔がそう語っている。
 男達は一斉に散らばった。そして、 カークに向かって斬りかかって行く。
 カークは5人の男達の剣を次々に交わす。腰の剣はまだ、鞘に収まったまま。
「こいつ……」
 目の前にいる騎士の予想外の強さに、 男達の目の色が変わる。しかしここで退くわけにはいかない。 男達は再びカークに向かって斬りかかっていった。
 カークはやれやれとため息をつくと、ようやく腰の剣を引き抜いた。
 1人、2人……カークの剣で男達は地面に沈んでいく。見ると、カークはその場から殆ど動いていない。 恐らくは、背後の彩香を守る為だろう。
 その時だった、男の1人が彩香に向かって走り出した。 力では敵わないと悟り、彼女を人質にするつもりだろう。
 自分に向かって男が突進してくる。彩香は恐ろしさに足がすくみ、その場から一歩も動 くことができない。
「ギャアァ」
 叫び声と共に、男がゆっくりと地面に崩れ落ちる。その背後には、剣を振り抜いたカークの姿 があった。
 地面の男を見下ろすカークの瞳は、恐ろしい程冷ややかだった。初めて見る彼の表情に、 彩香はビクリと体を強張らせる。

 一騎当千……彼はたった一人で、戦場を血の海へと変える。
 ――――死神
 いつの頃からだろうか、彼の剣を振るうその姿を見た者の間からそう呼ばれるようになった。その 言葉が意味するのは、彼の強さに対してだけではない。容赦の無い剣と、凍りつくような その表情に……。



* * *





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