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正気を失っている魔術師を除いて、盗賊と名乗る9人は全員、地面に這いつくばっていた。 これでも一応、ユーリスにしては手加減したらしい。男達は誰1人、致命傷となる ような大きな傷は負っていなかった。 「あ、悪魔だ・・・・・・」 男の1人が小さく呟いた。それを聞いたジェイクが噴き出す。 「だよなー、俺もあんた達が不憫だぜ。 アルハントの《赤い悪魔》を相手に戦わされたんだからな」 「おいジェイク、その《赤い悪魔》ってのは何だ? 勝手に変なあだ名を付けるな!」 ユーリスは心外そうに眉をしかめる。 「母君の《赤い闘神》に因んでみました。息子はこんなに極悪な性格ですからね」 「ジェイク、貴様・・・・・・」 ユーリスはジェイクを睨みつけると、冗談か本気か腰の剣に手を伸ばす。 「あ、《赤い闘神》だと! あの大陸一の剣士・・・・・・今は確か、アルハントの王妃 になられたと聞くが。という事は、あなたはまさか・・・・・・」 誰からか、呟く声が聞こえてきた。ユーリスはそれに、小さく舌打ちをする。 「ジェイク、お前のせいだぞ」 「アハハ、すみませんー」 謝るジェイクの方は、全く悪びれた様子は無い。 先ほどの若い青年は、剣で身を支えながらゆっくりと体を起こした。彼はふらつく 体で身を屈めると、スッと頭を垂れた。 「アルハント第一王子、ユーリス・グリンフィード殿下とお見受けします。この度は知らなかった事とはいえ、 大変失礼致しました」 「へぇ、やっぱりお前達はただの盗賊じゃないな。俺の読みでは・・・・・・パラディアの 王宮騎士ってところか?」 ユーリスの言葉に、青年はハッと顔を上げる。どうやら図星のようだった。 「ジェイク、この者達を手当てしてやれ」 「はいはい」 ジェイクはスッと目を閉じた。魔術師と精霊にのみ通じる、特殊な言語が紡がれる。 【 光の精霊シャイナよ、その聖なる癒しの光で傷つきし者達を照らせ 】 呪文が放たれた瞬間、真っ白な光が辺りを包み込んだ。これ程までに強い光でありながら、 その光はとても温かい。男達は茫然とした表情で、 光を全身に受け止めていた。 光が収まった時、男達の体の傷は跡形も無く消え去っていた。 「光の魔術・・・・・・ま、まさかあなた様は・・・・・・」 魔術師の男はポカンと口を開けながら、ジェイクを見つめていた。ジェイクは彼の視線に気付き、 苦笑いを浮かべる。 「違う違う、《マスター》は俺の親父だってば」 ジェイクはサラリと言い放った。その言葉に、魔術師は勢い良く立ち上がる。男はそのまま ジェイクに駆け寄ると、彼の手を力いっぱい握り締めた。さらにその瞳は、キラキラと輝いている。 「まさかあのクラーク家の方と、生きている内にお会いできるとは! ああ、 なんて素晴らしいんだ。こんなにお若いのに、強く・・・・・・そして美しい」 「そ、それはどうも」 ジェイクの顔は、この上なく引き攣っていた。40を超えた男に手を握られて、嬉しい男など いる筈がない。隣りで見ていたユーリスは、必至に笑いを堪えている。 「それにしても不思議ですね。噂ではクラーク家といえば、銀髪に青い瞳をしていると ・・・・・・」 魔術師は手を握り締めたまま、不思議そうに首を傾げる。ジェイクはやれやれとため息をつくと、 スッと目を閉じた。 ジェイクの全身を、薄っすらと淡い光が包み込む。その色は、澄み切った青―――。 ジェイクの髪と瞳は、ゆっくりと元の色彩に戻ってく。それはため息がでる程に、 美しい光景だった。 魔術師の目が、感動で潤んでいる。ジェイクはその隙に、彼の手から自身の手を引き抜いた。 一同は目の前にいる2人の少年を、茫然と見つめている。無理も無い。目の前にいるのが、 大陸一の大国の王子と大陸最強の魔術師の息子だというのだから。 ようやく正気に戻った男達に案内され、2人は森の奥へと歩いていた。どうやらこの先には、 彼らの仲間がいるらしい。 一同は歩きながら、簡単に自己紹介をした。 ユーリスの予想通り、9人の男達は隣国パラディアの騎士達だった。それもただの騎士ではなく、 王族の側に仕えていたのだという。アルハントでいう《王宮直属の騎士》と、ほとんど同じだろう。 背の高い青年の名は、エリック・サーランズ。彼は25歳という若さでありながら、 パラディアの騎士隊長の1人だという。内からでる気品と整った容姿、凛とした話し方。 本人はあえて述べなかったが、恐らくはそこそこ名門の貴族の出だろう。 魔術師の男の方は、パラディアの宮廷魔術師だった。あの性格で・・・・・・と思いたく なるかもしれないが、炎の最上級魔術を使いこなせるぐらいなのだから、腕だけは確かだろう。 (これ程の者達が、自国パラディアを離れて森の中に身を潜めている理由――― ) ユーリスは歩きながら、思考を巡らしていた。 10分程歩くと、木々に覆われた小さな山小屋が見えてきた。 「我らの主君が、あちらにおられます」 エリックの言葉に、ユーリスとジェイクが顔を見合わせる。 「お前達が主君と呼ぶからには、王族という事になるな。しかし噂では、パラディアの王家は 全員暗殺されたと聞いたが」 「お1人だけ・・・・・・救い出す事ができました」 エリックは立ち止まると、ユーリスに頭を垂れた。他の者達も、彼に倣う。 「ユーリス殿下、無理なお願いだとは分かっておりますが。もし・・・もし宜しければ、 我々の力になっては頂けないでしょうか」 「そう言われてもなあ。俺達はただ、盗賊の討伐を命じられただけだしなあ」 ユーリスは興味なさそうに答える。ジェイクがそれに続ける。 「ユーリスの言うとおりです。元々両国は殆ど交流が無かったのですから、我々が パラディア王家に力を貸すという事は、国交問題でもあります」 「しかし・・・・・・」 何かを言いかけて、エリックは言葉を止める。彼の真剣な顔を見たユーリスは、 大きなため息をついた。 「分かった、とりあえず話だけは聞こう」 「有難うございます! 王女の話を聞いてもし・・・・・・」 「王女だと!」 ユーリスがエリックの言葉を遮った。ジェイクの顔はみるみる青ざめていく。 (ま、待てユーリス・・・・・・まさか!) 「はい。パラディア第一王女、シルファー・ファーネスト殿下です」 「年は幾つだ?」 「は? 王女はもうすぐ17になられますが」 エリックはポンと肩を叩かれて、ゆっくりと顔を上げた。目の前には、満面の笑みを浮かべた ユーリスの姿がある。 「我々で良かったら、お前達の力になろう。事情次第では、父上に話してみてもいい」 「殿下・・・・・・ありがうございます」 エリックの目から、大粒の涙がこぼれ落ちる。それを見たユーリスは、穏やかに微笑んだ。 「仮にも騎士ならば、涙など見せるものじゃない」 「はい!」 ( やっぱりこうなるのか・・・・・・ ) やりとりを聞いていたジェイクは、がっくりとうな垂れた。 この小さな山小屋は、今は住む者もなく放置されていたのだという。 公道から離れた森の奥にある為、山小屋に近寄るものは滅多にいない。しかし、この辺りには 貴重な薬草なども生えている。山を良く知る者が度々訪れる事もあった。 そこで考え付いたのが、自分達を盗賊と名乗り、誰も近づけさせないという策だったらしい。 エリックは山小屋の扉を、軽く2回ノックする。 「誰だ」 中から、男の声が返ってくる。エリックが自分の名を名乗ると、扉はゆっくりと開かれた。 彼に案内され、ユーリス達は小屋の中へと足を踏み入れた。 「エリック、そちらの方々はどなた?」 細く可憐な声だった。 「王女、こちらは・・・・・・」 説明しようとしたエリックは、ハッと言葉を止める。 ユーリスは優雅な足取りで王女まで歩み寄る。そして椅子に腰掛けた彼女の前で、立ち止まった。 「何者だ!」 王女の側にいる男達が、腰の剣に手を伸ばす。 「おやめなさい!」 凛とした声で制したのは、王女その人だった。 透き通るような白い肌。腰まで真っ直ぐに流れる髪は、色素の薄い茶色。髪と同色の美しい瞳は、どこか悲しげな印象 を受ける。 とても美しい少女だった。ニースとは対照的な、《静》の美しさだった。そう、まるで 月の女神を思わせるような・・・・・・。 城からドレスなどを持ち出す余裕はなかったのだろう、彼女が身に付けているのは簡素な淡い色の ドレスだった。しかし例えボロを纏ったとしてでも、彼女の王女としての気品と美しさを 覆い隠す事はできないだろう。 ユーリスと彼女は、ほんの数秒の間、静かに見つめ合っていた。 |