銀 朱
○●第1章●○





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 正気を失っている魔術師を除いて、盗賊と名乗る9人は全員、地面に這いつくばっていた。 これでも一応、ユーリスにしては手加減したらしい。男達は誰1人、致命傷となる ような大きな傷は負っていなかった。
「あ、悪魔だ・・・・・・」
 男の1人が小さく呟いた。それを聞いたジェイクが噴き出す。
「だよなー、俺もあんた達が不憫だぜ。 アルハントの《赤い悪魔》を相手に戦わされたんだからな」
「おいジェイク、その《赤い悪魔》ってのは何だ? 勝手に変なあだ名を付けるな!」
 ユーリスは心外そうに眉をしかめる。
「母君の《赤い闘神》に因んでみました。息子はこんなに極悪な性格ですからね」
「ジェイク、貴様・・・・・・」
 ユーリスはジェイクを睨みつけると、冗談か本気か腰の剣に手を伸ばす。
「あ、《赤い闘神》だと! あの大陸一の剣士・・・・・・今は確か、アルハントの王妃 になられたと聞くが。という事は、あなたはまさか・・・・・・」
 誰からか、呟く声が聞こえてきた。ユーリスはそれに、小さく舌打ちをする。
「ジェイク、お前のせいだぞ」
「アハハ、すみませんー」
 謝るジェイクの方は、全く悪びれた様子は無い。
 先ほどの若い青年は、剣で身を支えながらゆっくりと体を起こした。彼はふらつく 体で身を屈めると、スッと頭を垂れた。
「アルハント第一王子、ユーリス・グリンフィード殿下とお見受けします。この度は知らなかった事とはいえ、 大変失礼致しました」
「へぇ、やっぱりお前達はただの盗賊じゃないな。俺の読みでは・・・・・・パラディアの 王宮騎士ってところか?」
 ユーリスの言葉に、青年はハッと顔を上げる。どうやら図星のようだった。
「ジェイク、この者達を手当てしてやれ」
「はいはい」
 ジェイクはスッと目を閉じた。魔術師と精霊にのみ通じる、特殊な言語が紡がれる。

【 光の精霊シャイナよ、その聖なる癒しの光で傷つきし者達を照らせ 】

 呪文が放たれた瞬間、真っ白な光が辺りを包み込んだ。これ程までに強い光でありながら、 その光はとても温かい。男達は茫然とした表情で、 光を全身に受け止めていた。
 光が収まった時、男達の体の傷は跡形も無く消え去っていた。
「光の魔術・・・・・・ま、まさかあなた様は・・・・・・」
 魔術師の男はポカンと口を開けながら、ジェイクを見つめていた。ジェイクは彼の視線に気付き、 苦笑いを浮かべる。
「違う違う、《マスター》は俺の親父だってば」
 ジェイクはサラリと言い放った。その言葉に、魔術師は勢い良く立ち上がる。男はそのまま ジェイクに駆け寄ると、彼の手を力いっぱい握り締めた。さらにその瞳は、キラキラと輝いている。
「まさかあのクラーク家の方と、生きている内にお会いできるとは! ああ、 なんて素晴らしいんだ。こんなにお若いのに、強く・・・・・・そして美しい」
「そ、それはどうも」
 ジェイクの顔は、この上なく引き攣っていた。40を超えた男に手を握られて、嬉しい男など いる筈がない。隣りで見ていたユーリスは、必至に笑いを堪えている。
「それにしても不思議ですね。噂ではクラーク家といえば、銀髪に青い瞳をしていると ・・・・・・」
 魔術師は手を握り締めたまま、不思議そうに首を傾げる。ジェイクはやれやれとため息をつくと、 スッと目を閉じた。
 ジェイクの全身を、薄っすらと淡い光が包み込む。その色は、澄み切った青―――。 ジェイクの髪と瞳は、ゆっくりと元の色彩に戻ってく。それはため息がでる程に、 美しい光景だった。
 魔術師の目が、感動で潤んでいる。ジェイクはその隙に、彼の手から自身の手を引き抜いた。
 一同は目の前にいる2人の少年を、茫然と見つめている。無理も無い。目の前にいるのが、 大陸一の大国の王子と大陸最強の魔術師の息子だというのだから。


 ようやく正気に戻った男達に案内され、2人は森の奥へと歩いていた。どうやらこの先には、 彼らの仲間がいるらしい。
 一同は歩きながら、簡単に自己紹介をした。
 ユーリスの予想通り、9人の男達は隣国パラディアの騎士達だった。それもただの騎士ではなく、 王族の側に仕えていたのだという。アルハントでいう《王宮直属の騎士》と、ほとんど同じだろう。
 背の高い青年の名は、エリック・サーランズ。彼は25歳という若さでありながら、 パラディアの騎士隊長の1人だという。内からでる気品と整った容姿、凛とした話し方。 本人はあえて述べなかったが、恐らくはそこそこ名門の貴族の出だろう。
 魔術師の男の方は、パラディアの宮廷魔術師だった。あの性格で・・・・・・と思いたく なるかもしれないが、炎の最上級魔術を使いこなせるぐらいなのだから、腕だけは確かだろう。
(これ程の者達が、自国パラディアを離れて森の中に身を潜めている理由――― )
 ユーリスは歩きながら、思考を巡らしていた。

 10分程歩くと、木々に覆われた小さな山小屋が見えてきた。
「我らの主君が、あちらにおられます」
 エリックの言葉に、ユーリスとジェイクが顔を見合わせる。
「お前達が主君と呼ぶからには、王族という事になるな。しかし噂では、パラディアの王家は 全員暗殺されたと聞いたが」
「お1人だけ・・・・・・救い出す事ができました」
 エリックは立ち止まると、ユーリスに頭を垂れた。他の者達も、彼に倣う。
「ユーリス殿下、無理なお願いだとは分かっておりますが。もし・・・もし宜しければ、 我々の力になっては頂けないでしょうか」
「そう言われてもなあ。俺達はただ、盗賊の討伐を命じられただけだしなあ」
 ユーリスは興味なさそうに答える。ジェイクがそれに続ける。
「ユーリスの言うとおりです。元々両国は殆ど交流が無かったのですから、我々が パラディア王家に力を貸すという事は、国交問題でもあります」
「しかし・・・・・・」
 何かを言いかけて、エリックは言葉を止める。彼の真剣な顔を見たユーリスは、 大きなため息をついた。
「分かった、とりあえず話だけは聞こう」
「有難うございます! 王女の話を聞いてもし・・・・・・」
「王女だと!」
 ユーリスがエリックの言葉を遮った。ジェイクの顔はみるみる青ざめていく。
(ま、待てユーリス・・・・・・まさか!)
「はい。パラディア第一王女、シルファー・ファーネスト殿下です」
「年は幾つだ?」
「は? 王女はもうすぐ17になられますが」
 エリックはポンと肩を叩かれて、ゆっくりと顔を上げた。目の前には、満面の笑みを浮かべた ユーリスの姿がある。
「我々で良かったら、お前達の力になろう。事情次第では、父上に話してみてもいい」
「殿下・・・・・・ありがうございます」
 エリックの目から、大粒の涙がこぼれ落ちる。それを見たユーリスは、穏やかに微笑んだ。
「仮にも騎士ならば、涙など見せるものじゃない」
「はい!」
( やっぱりこうなるのか・・・・・・ )
 やりとりを聞いていたジェイクは、がっくりとうな垂れた。

* * *


 この小さな山小屋は、今は住む者もなく放置されていたのだという。
 公道から離れた森の奥にある為、山小屋に近寄るものは滅多にいない。しかし、この辺りには 貴重な薬草なども生えている。山を良く知る者が度々訪れる事もあった。
 そこで考え付いたのが、自分達を盗賊と名乗り、誰も近づけさせないという策だったらしい。
 エリックは山小屋の扉を、軽く2回ノックする。
「誰だ」
 中から、男の声が返ってくる。エリックが自分の名を名乗ると、扉はゆっくりと開かれた。
 彼に案内され、ユーリス達は小屋の中へと足を踏み入れた。
「エリック、そちらの方々はどなた?」
 細く可憐な声だった。
「王女、こちらは・・・・・・」
 説明しようとしたエリックは、ハッと言葉を止める。
 ユーリスは優雅な足取りで王女まで歩み寄る。そして椅子に腰掛けた彼女の前で、立ち止まった。
「何者だ!」
 王女の側にいる男達が、腰の剣に手を伸ばす。

「おやめなさい!」

 凛とした声で制したのは、王女その人だった。
 透き通るような白い肌。腰まで真っ直ぐに流れる髪は、色素の薄い茶色。髪と同色の美しい瞳は、どこか悲しげな印象 を受ける。
 とても美しい少女だった。ニースとは対照的な、《静》の美しさだった。そう、まるで 月の女神を思わせるような・・・・・・。
 城からドレスなどを持ち出す余裕はなかったのだろう、彼女が身に付けているのは簡素な淡い色の ドレスだった。しかし例えボロを纏ったとしてでも、彼女の王女としての気品と美しさを 覆い隠す事はできないだろう。
 ユーリスと彼女は、ほんの数秒の間、静かに見つめ合っていた。





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