4日午後6時〜10時

  優雅に山宿めぐりを楽しむ
 

 「山宿」または「山番」というのは、5月4日の宵祭に御神像を飾って一般に公開する家のことです。そして山宿に御神像を飾ることを「飾り山」と称しています。その年の山宿にあたった家は、家の内部の改装や畳の入れ替え、調度品の買込みを行います。 宵祭当日には御神像に御神酒や赤飯を供え、豪華な屏風を立て、綺麗な生花を飾ります。香りの豊かな朴の花、色鮮やかな牡丹や藤など、季節の花を展示する祭りでもあります。
  4日、日が暮れてからライトアップされる山宿を順に見て回るのが町の風習となっています。 この晩、山宿の主人は、新しい寝巻きに着替え、いざというときには御神像を担げるよう御神像に縄が結ばれていることを確認し同じ部屋で床につきます。
  近年は山宿スタンプラリーを行い、6カ町のスタンプを集めると先着で庵唄のCDをプレゼントをするといった催し物も行っております。この他、宵祭りでは午後7時より曳山会館前にて浦安の舞、獅子舞披露、午後8時より庵唄合同披露などを行います。


※巡行図参照
 
平成16年の6カ町飾り山

西下町山宿・金田哲郎(西下町公民館)


東上町山宿・篠井公太郎(自宅)


東下町山宿・山下茂樹(自宅)


大工町山宿・畑時夫(自宅)


西上町山・佐竹昭治(自宅)


出丸町山宿・古瀬義宏(自宅)

 5日午前9時30分と午後1時頃

 昔行われていたという獅子舞・神輿・傘鉾・剣鉾・曳山の行列が、平成14年国の重要無形民俗文化財に指定されたことをきっかけに再現されることとなりました。色とりどりの8本の傘鉾や美術工芸の粋を集めた曳山・庵屋台が一同に居並ぶ光景は圧巻です。この時間を狙ってカメラを構えるアマチュアカメラマンの姿も多く見られます。

◆午前9時30分…城端別院前
  午後1時頃…西町通り
 曳山・庵屋台が並びます。
 

 5日終日


▲ 所望を知らせる貼り紙

▲曳山・庵屋台の到着を待つ

▲目の前で庵唄が奏でられる
 

人々は居ながらにして料亭に遊ぶ―

 曳山祭の優雅な雰囲気を盛り上げているものに、庵唄があげられます。庵屋台の中で、若連中によって演奏される庵唄は、城端独特のものとして、祭の大きな特色になっています。
 庵屋台は京都・祇園の一刀茶屋や江戸・吉原の料亭を精巧に模したもので、庵屋台に乗り込んだ唄い方、囃子方が江戸端唄の流れを組む典雅な『庵唄』を奏でます。
  町民の間には『庵唄所望』という習慣があります。
 庵唄所望とは、祝儀を出して庵唄を自分の家で聴くことです。所望した家では親戚知人を招き、簾を巻き上げて庵屋台を待ち受けます。そして、6カ町の庵屋台が次々に所望する家に横付けになり、各町の選定した歌詞を書いた短冊を渡し、庵唄を披露します。庵唄を演奏する若連中はこの祭りで約50軒の所望宿をまわります。
 城端観光協会では、観光客の皆様にもこの習慣を体験して頂こうと『庵唄所望体験』を実施しています。

 5日午後4時〜5時頃

圧巻 鳴り渡るギュウ山の音

 曳山・庵屋台の巡行が通りの北端・出丸坂に到着すると、先頭から順に方向転換を始めます。城端の曳山は別名『ギュウ山』とも呼ばれ、車輪が独特の軋り音を響かせます。ここ出丸のUターンでは曳山の方向転換とともに軋り音が大きく鳴り響き圧巻です。拍子木と掛け声を合図に、曳き手が一斉に曳山を動かし始め、見事転換が完了すると、見物客からは自然と拍手が沸き起こります。


 
 

 5日午後7時頃〜

   幻想的な夜の祭礼絵巻
 出丸町Uターン後は若干の休憩となります。その頃になると日も暮れ、曳山・庵屋台に燈火がつけられます。
 提灯山の順路は、一番山の町筋を考慮して東町通りと西町通りを一年交替で通ることになっています。午後7時に広小路を出発し、9時30分頃までに新町へ到ります。日中の絢爛豪華な雰囲気とは一味違う幻想的な佇まいを見せてくれるのが提灯山です。

 5日午後2時すぎと8時すぎ

じっくりと全ての庵唄に耳を傾ける

 午後2時と8時に行われる曳山会館前での庵唄披露では、庵唄の演奏とともに各町の山車などについて解説が行われます。駐車場に観客席を設けており、じっくり全ての演奏を聴いて頂くことができます。
  からくりは東上町鶴舞山・寿老人の脇人形に「綾織人形」が飾られ、手と顔を動かして舞います。
東下町東耀山・大黒天の両脇座に操り人形の「ラッパを吹く人形」と「逆立ちかるわざ人形」を配しています。出丸町唐子山・布袋の脇人形として高砂山の人形の尉を「旗持唐童子」、姥を「笛吹唐童子」に改造。また、「梯子渡人形」もからくりに仕立てて飾られています。   
 

 5日午後10時30分頃

  終焉へ―

 提灯山となった曳山・庵屋台が、通りの南端・新町(城端庁舎前)に到着すると180度方向転換し、そこからは『帰り山』となります、この年の祭りの一切を取り仕切ってきた『当番町(この年の一番山)
』は歩みを止め、すれ違う他町に向かって御礼を述べます。
 帰り山の通り道には、ギュウ山の軋り音が庵屋台の囃子と重なって哀調を感じさせます。こうして観客は祭りが終わりを迎えたことを知るのです。