◆越中五箇山物語◆vol.21

※文章は五箇山在住の方から頂いたものをエッセイ式に掲載しております

知恵袋@五箇山

 年明けしたのは、つい幾日か前のこと、と思ったら「春まっつり」に、「待ったが盆じゃ」、もとうに過ぎゆき、「報恩講サマ」の季節を迎えた。 ほんこさま お日さまが出るのは遅いし、布団から出るのがおっくうになってくる季節でもある。 それでもとても霜月とは思えない、暖かい日が続く。 小春日和だからパソコンの画面ばっかり眺めてもーと、自分に言い訳をして散歩へ。 「日記」にする材料を探すでもなし、道ばたでくつろぐおばあちゃん達に、声をかける。 
 
―マメにしておいでるぅ?良いカドじゃネー

―ソイガイカー、ケッコデ ナランー
ソッジャレド、ナーヤラダイコラチガ フトライデーイカ。ノー。
「ヌクサガ イキヲ ハコーデクル」ッテ ムカシノショーガ ヨゥユヤッタモンジャノー
 
(―元気?いいお天気ですね。
―そう、暖かくてとても過ごし易いですね、でも、暖かい暖かいと、安心してもいられない、これが雪を運んでくる前兆という事もあるからね。 それに、(気候がおかしくて?)白菜や根菜類が太らない=大きくならずに、安心して冬を迎えられないネ。)  

 気取らない調子で話をしてくれるのがとても心地よい。 それにしても、冬に、暖かい日が続くと、雪が降ってくる。 本当にそうなのだ。100%でもないが、苦情の数がニュースになるほどの某気○庁の予報なんかよりは、的確である。
 アメダスもなく、気象予報士がいなくても、昔のショーはえらかった。
 川面に霞が張ると雨模様、その霞が上がるとそのうちに晴れてくる、などは、庄川という大きな流れに寄り添い生活してきたこの辺りならではの天気予報だろう。
 人形山の中腹に雲が見えると天気が変わる、あるいはオブチのタカに3ベン雪が積もると、集落まで降ってくる(これは上梨地域限定気象用語デス)など。
 マイマイの歌詞にもあるくらいだ。
 
 赤尾照る照る 下島曇る 下の漆谷にゃ 雨じゃソウナ

 「マイマイ」とは、日頃の出来事や言い伝えなどを、面白おかしく唄った五箇山独自の「民謡」で、大げさの域を出ない。それでも、赤尾・下島・漆谷と隣り合わせの集落ではあるが、その谷筋、山筋ひとつで天気や風の流れ、雪の降る量さえもがらりと変わったりする。
 夏は暑い、冬場は寒い、と本来の気候じゃないと、植物だって、そのうち人間の生活のリズムだって、そのうちおかしくなってくる、と今の世の中を憂うよう。
 お年寄りの話とは、何かとヒントが隠されて、ためになるのだ。
 
クマガ トレルト サブナルッテイウモンジャ 
= 春先に熊が獲れると、天気が変わって寒くなる  
 (それだけ力のある、山の神聖な動物だという例え)
 
スウテモ ウマイ トナンノジンダ  
 = 隣の家のジンダは、酸っぱくても美味しい
 (報恩講で出される「ジンダ=青マメを磨り潰しワラビなどの山菜と合えたひと品」は、これは各々の家で味付け方法があって、多少悪くなっても美味しいものだ)
 
 まだ、ある。
 
ナマグリ ヒトツニ へー ハチジュウ
 = あえて直訳は避けましょう。
 (生栗を食べると、お腹が張るもんだヨ。気をつけようね。)
 
あ、そういえば、こんなことも言われたっけ。
 
ツイタチ タンビニ モチ アタラン
 = 1日ごとに、餅はもらえないよ。  
 (1日イコール正月元旦。でも、毎月1日は正月ではない。
 いつも、いつも美味しいものを食べたり、いい目にあったりしてるかもしれないけど、 それがあたり前の事、とは思うなよ。)
 
 なんでか。って。
 こないだケーキを食べていたら、シュークリームを届けてくださった人もあって、いやー、今日は最高にいい日だねー って、にやけた顔をしていたら、キツーイばあちゃんのひと言が飛んできた、ということなのだ。
 いつもいつも、嬉しくなると浮き足立って羽が生えて舞い上がってしまう私を、上手く例えを出していさめてくれる、それはそれでありがたいのだが。
 まったく、アシメんシェン ウマイメにオウたと思うたら・・・ (思いがけずに美味しい目に遭ったとうれしがっていたが・・・)
 「ダイカラウレシナイノー。」

文章:@ゆっけ    2004.11 

※写真はイメージです

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