◆越中五箇山物語◆vol.18

※文章は五箇山在住の方から頂いたものをエッセイ式に掲載しております

「閉村式」   


 10月24日の日曜日は、上平村閉村式だった。  11月1日の町村合併を控え、我が上平村も115年の歴史の緞帳を降ろす事となった。 「なんでェー、ダムの底に沈むわけじゃあるまいしー。」と、いつもの調子で毒づいていた私。
 そうこう言っても家の舅(じい)ちゃんが村から感謝状を貰うことに加え、式典に出席した皆に「寿司折」が当たるとか、そういう話に弱い私であるから、姑(ばあ)ちゃんの背中と前に双子をくくりつけ、いそいそとビデオにデジカメを持って出かけた。  
 式典の途中から出席した私達だったが、会場にはたくさんの招待者や村民が詰めかけ、行方をじっと見守っていた。
 村として最後の盛大な行事、表彰状も今まで出し惜しみをしていたわけでもあるまいが、あーの人もこの人もーの大盤振る舞いである。 と言っても、例えば私のような下々の者にまで当たる訳もなく、やはり貰うべき面々が緊張と晴れやかさ・誇らしさの混じった表情で段上に揃っていた。皆さんには、本当におめでとうございますと申し上げたい。 式典アトラクションは、今や泣く子も黙る天下の舞台人集団、「平高校郷土芸能部」による「五箇山民謡」。良く揃って、この盛大な式典に全くふさわしい、と盛んな拍手を浴びていた。  
 記念行事は、これまた上平らしいというか、村に伝わる7種類の百足獅子を一挙大公開するというものであった。 民謡の里・五箇山という看板の他にも、この地は獅子舞が大変盛んなところでもあり、男達が プライドをかける行事でもある。 ひとくちに百足獅子といっても「オトコ獅子」や「メロ(女)獅子」があり、太鼓の音、笛の調子も長い歴史の中で少しずつそのザイショ、そこ・ここの色に変化し今に至っている。 そこらの男の子より獅子舞大好き人間の「@ゆ」が、何より一番楽しみにしていたのは、「寿司」より「獅子」なのだ。   会場を、合掌家屋を移築し公園として整備された「合掌の里」に移し、集落各々が合掌に集い、老いも若きも酒やご馳走を酌み交わした。 
 それぞれの集落の保存会による獅子舞が繰りひろげられ、ギャラリーも大勢、舞に力がこもらない筈はない。
 カメラマンや報道関係の方はさかんにシャッターを切り、村民は言うまでもなく、立ち寄りの観光客の方もとても楽しそう。 我こそは往年の名人とばかり、おじいちゃん達もカシラを振ったり、獅子をとったりと、天気の良さも手伝って、楽しさ賑やかさこの上なしであった。   それでも秋の日は釣瓶落とし、やがてひとり、またひとりと家路につき、あたりは晩秋の夕暮れの匂いに包まれた。
 ダムの底に沈むわけではなくても、村という名前がなくなるのは、やはり寂しい。 時代の移ろいに伴い「かみたいら」というコミュニティの枠が外れる、115年の歴史や文化、それぞれの生活、今までの出来事たち、それが、川の流れの底に沈むようで。 話は前後するが、小学校体育館で行なわれた式典の最後、村旗が後納された瞬間感極まってすすり泣く人もいた。 私も毒づいてた割には、胸がいっぱいになった。 たった7年の「村民生活」でさえこうだ。生まれて育って何十年の人たちは、さぞかし万感胸に迫ろう。  
 声には出せないけど、「上平村、ありがとう」と心から言いたい。
 上平村に縁があって嫁に来て、こんな楽しい、素晴らしい閉村式に出さしてもろて、感動です。感動ついでに、もうひと言。
「村長、ハデ≠オゃったノイ」  

文章・写真提供:@ゆっけ    2004.10 

※写真はイメージです

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