◆越中五箇山物語◆vol.3

※文章は五箇山在住の方から頂いたものをエッセイ式に掲載しております

やっぱり五箇山といえば―こきりこ

上梨そのA民謡が命の人々

 前号では、喫茶作助の様子や、そこに集まる人々の一部をご紹介した。
 そのほかにも、ほう○新聞を目当てにやってくるジャイアンツ派のお客さん、良い話ないがーと請負写真の待機中の写真やさん、コーヒーではなく緑茶カテキン派、重鎮の一人でもある隣村の初代ショーコーカイ局長などが次々と入れ替わりに、あるいはまとめて登場。
 この時間にここに顔を見せないと、元気か?病気か?「かあか」に叱られたか?と、他の人たちがとても親身なって心配してくれるのだ。(よけーなおせわ、ともいうが)
 そんな時は、必ず店の主のTエさん、一緒に店を切り盛りする幼なじみのSさんが「〇〇さんねー、東京行かれたわー」とか「ばあちゃん医者連れて行かれたわー」「奥さんににしかられたわー」、(それはさすがにないが)とお知らせしてくれるのだ。
 そして、あ、まっとったショーがござった。
 真打ち?こきりこ唄保存会カイチョー氏登場。
 俗に「アーチ下」(上梨にあるささらのかたちを模したアーチ)と呼ばれる工房で、ダブルベースやチェロ作る、職人だ。クニさんと同じ業種と、ひと括りにしてはいけない。
 馬頭琴やバンジョー、掛け時計やテーブルなどの家具まで、何だって作り上げる。
 木が自分を呼びとめる、木目から声がすると、実にアーティスティックな語録を残す。
 しかし材木の呼びたもう声すら耳に入らない事がある。
 それが、「こきりこ」。
 「命」の次に大事とか、「命」のようにとか、そんな「たとえ」のような、なまっちょろい話ではない。
 こきりこが「命」なのだ。
 小学校の頃から、唄唱いとしても活躍。
 こきりこ八分、勉強二分の2本立て生活送を送り、舞台では女踊り以外は楽器でもなんでもこなし。
 私が思うに、この方ほど、こきりこを楽しく嬉しそうに演奏する人はいない。
 タテマエでは、民謡の最高峰は「おわら」と言っておきながら、内心は「こきりこ」唯一無二なのであろう。
 (キャラ的には『ダ、ダーラ、オワラはさ・サイコ―じゃ』とやはり曰うのか。)
 こきりこ命の方がまだ他いる、というか、この上梨がこきりこにより、呼吸をしている。
 とうふ屋さん、こきりこ民芸さん、民宿のご主人、みやげ物屋の女性。観光を生業とする如何に関わらず、この集落に住むひとは皆、こきりこ欠く生活など考えられないといった、 そんな風である。
 カイチョー氏を始めとする保存会の方たちは、平高校郷土芸能部の講師とし
 て参加、その他の民謡保存会の代表も、カイチョー氏ほどではないがやはり「民謡“命”」の人たちで、世代はアユだ、ラップだ、ケミカルだーという若き10代に本格的演奏と唄、踊りを徹底的に叩き込んだ。
 氏を始めとする五箇山民謡の先輩達に「命」を教え込まれた高校生(こーこーしぇいと発音してね)は、人前に出ても臆せず、山の子らしさという初々しさ、消極さは見られない。
 ましてや民謡に正面に・真剣に取り組み、それは実に堂々たるもの。
 舞台に上がれば一番人気、舞台がハければただのヒトという、スーパー高校生へ変化した。
 何よりも、地域の人たちと会話をする、先達に郷土の何たるかを教わる、これが 大切なのだ。
 後継者問題もクリアした。カイチョー氏の次なる夢は、一体何であろうか?

文章:@ゆっけ

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