◆越中五箇山物語◆vol.2

※文章は五箇山在住の方から頂いたものをエッセイ式に掲載しております

ときには、何事にも束縛されず 

―喫茶作助

 前号、実はある広報誌に掲載する予定の文章であった。
 ためしにここの主人にみせたところ、 「面白いからシリーズでやってみん?」、というはなしになってしまったのだ。
 さて、「こきりこ唄の館」から「マドノさんさもデデレコデン〜」とスピーカで往来に向けてこきりこが流れ、観光バスをパーキングへと誘導するガイドの姿が見える。
 観光客がそぞろ歩き出すのが、こきりこの里・上梨の、朝10時のひとつの風景。
  「喫茶作助」は、観光客がこの地を訪れる目的のひとつである、重要文化財村上家から流刑小屋へと渡る太平橋の橋詰に店を構えてはや20年。
  窓から眺める庄川の渓谷美、その上を自由に舞うトンビ達、オシドリや山鳥のつがいが仲良く歩く姿が窓の下すぐそこに見え・・・といった四季それぞれに違った「五箇山の色彩」に会える、それがこのお店の「一番のごちそう」である、と私は思う。
 「ここのコーヒーね、不思議とね、ふと思い出すんだ『ああ、五箇山のあの喫茶のコーヒーが飲みたい』って」と、窓際に席をとった初老の男性が、 知人に話しかける姿、あるいは学生然とした3人連れが、ガイドブックを手に、お目当ての栃の実アイスや栃だんごをつついて、実に満足げ。 あるいは村上家にお客を運んだガイ ドやツアコン、ドライバーがひと息つい ている。
 立ち寄ったそれぞれが肩の力を抜い て、くつろぐ、そんなお店なのである。
 私が今日ここを訪ねたのは、(仕事サ ボってコーヒーでも飲んでこましぇ い)・・・というわけではなく、「ある種・たいていの」用事が済ませてしまえるからである。
 「10時」にこだわった理由であるが、その時間になると、まるでかっこうが時計から顔を出かのごとく、ゼンマイ仕掛けの時計が踊りだすとまでは言わないが、この界隈に住みたまふ御仁が集まってくるのだ。
 その時間・その方達めがけ、書類やら朱肉やらを持って、私は出向くのである。
 まず、村上家ご当主。御歳83を数える「重鎮」が座る席は、カウンター横のテーブル。
 暗黙の了解で、誰も座らず空けている。畏れおおくも・・・といったところである。もちろん言わなくてもコーヒーが出てくる。
 400年の歴史を刻む、重文村上家のオエにあるいろりに、マキをくべ、灰をなぜながらの昔がたり、そしてささら、棒ささらなどを駆使し、唸るように唄う当主のこきりこに、観光客は感動する。
 「次のバスは、さて何台かのー。」そう気合を入れ(?)重鎮は主を待ついろりの元へと戻ってゆく。
 当主と入れ替わり、さっき入ったバスにひと語りした、時期当主・チュゥベイ村議氏が姿を見せる。
 氏は若い頃五箇山観光の黎明期から、全国各地のエージェントをまわり、五箇山を宣伝してきた。この地にもたらした経済的効果は計り知れない。
 真剣に観光を考える姿勢。五箇山観光ご意見番に、私は相談する事が少なくない。得るものは大きい。
 「さっき来た客がのー」と半分笑いながら、お客とのやりとりを再現する。
  聞けば、「はぐれコキリコ」(このことについては後で触れようね)が、ヒットしているという事。
 入ってくるなり、「これだこれこれ、“チクシ竹”」と七寸五分に切ったこきりこ(筑子)竹を指差し、叫んだそうだ。今で有名になってしもて、チクシ竹が本間の名前みたいやの。最初は何の事やらさっぱり合点が行かず、よく聞いて慣れてしまったけど、と前置きしながら「やっぱり拍子抜けするわのー」と。
 「はぐれ―」とは、こきりこ唄をモチーフに、富山県出身でもある作曲家の聖川湧と、作詞家もず唱平の手により、民謡歌手成世昌平さんが唄う演歌である。    
 4年前に発売され九州からじわじわとカラオケ愛好家を中心に売れ出した。
 昨年暮れには、日本有線大賞にも出場を果し、まさに全国区。この時には、保存会のメンバーがバックで「ささら踊り」を舞った。
 4年かけて北海道なら、持ちの良い桜前線みたいなものか、と私は思う。
 チクシ竹前線、サハリンまでは行かずに、また今度は紅葉全線のように南下しておくれ。
 団子屋さんのひだやのダンナさん、大好きな成世さんのCDや、民謡をかけながら「山のファストフード」屋台を開く。 
 団子や五平餅、豆腐田楽などはやさしい味。私がソフトクリームを買いに行くとこっそりセルフで巻きまきさせてくれるのだ。(もちろんお代は払いますよ、オホン)
 若くして大病を乗り越えた経験を持つのだが、はからずもそうなってしまっ た、そんな人たちに見られがちなある種 の悲壮感は全く見せず、ゆったり、自然 体で生きる。
 彼が冬に描いた油絵がこの店にも飾られている。
 次に現れるのは、こきりこ民芸の主。
 ささらを編んで30年、踊って40年。真の姿は、弦楽弓職人。どれも本職なのだが、M.Mのピンナップを工房に貼りめぐらす“マエストロ”。
 パリの工房で修行しても、B.Bではなく、M.M。
 独特の感覚で、恰好をつけて話さない、というか、話せない。
 地元のケーブルテレビの取材に対し、「五箇山の子供は、お母さんのお腹の中にいるときから民謡を踊っている」などとのたまい、リポーターは次の言葉に困っていた。
 私らにはわかることであるが、これは決して胎教というものではない、子が胎内におってなお、保存会の舞台に出演する事もあるという事で、まさに「五箇山 的状況」にほかならないのである。
 そのような胎内環境にあって、どんな子が産まれ出でるのかは・・・
 さて、GOD’S MISO SOUP。(かみ のみそしる)
  そんなこんな自由な御仁たちは、結局のところ朝10時にかならず作助に足が向くという「習性」に、もはや束縛されているということなのか。  

文章:@ゆっけ

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